典子 6

お義姉さんから「東京に行かない?」と旅行の誘いを 受けたのは
そんな騒ぎのあった後。

大学に行って一人暮しをしている娘の顔を見に行きがてら
何かおいしい物でも食べたいな、と思って。 そう電話をもらった。

受験が大変だった分、今はすっかり羽を伸ばしちゃっているみたい。
ちゃんと卒業できるか心配だわ、と呆れた様子を見せながらも
かわいくてし方のなさそうな娘さんをガイドにしての
私と、お義姉さんと、そしてもう一人の義姉、 お義兄さんのお嫁さんと言う、
まあ、中年女性3人の 簡単な一泊二日の旅行。

特に興味を引かれるものではなかったけれど、 断る理由も見つからないし、
その上、お義姉さんに 「納期でもないし、忙しくないんでしょ。 予定ないんだったら出ていらっしゃいよ」
とまで言われてしまってはますます断れなくて結局行くことにしたわ。

食事は、すっかり「羽を伸ばしている」らしい姪っ子が
「一度行って見たかったの。私や友達とでは 年齢的にも値段的にも来れそうになかったから」 と
言っていたお店を予約していてくれて、 私もまた贅沢な思いが出来たし、
昼間は、見かけによらず風流な所があるお義姉さんに「付き合って」、 画廊を巡りをしたはずなのに、
反対に私の方が買い物をしてしまったり。

旅行前の自分が、心の何処かで「時間を持て余すんじゃないか?」 なんて
心配していたのがバカバカしいと思えてしまったくらい。

私が誘ったのだから、と、旅費や宿泊費はお義姉さん持ち。
でも、それじゃあ悪いからと、予約を入れていてくれたお店の分は 私と、もう一人のお義姉さんで出すと言うと、
お義姉さんはそれじゃあ、とすんなり受け入れてくれたりもして。
そう気兼ねをすることもなく、行ってみたらそれは、 とても楽しめた旅行だったわ。

帰りの電車は時間も時間で、最初から指定が取れなかったの。
早くから駅のホームに着いて、自由席の席待ちをする筈の私達に
「たまにしか来ないのだから」と姪っ子が、自分が並んでいるから
時間までそのあたりを見ていれば良いって言ってくれた。
こんな年の離れた姪っ子にそんな風に言われるのは くすぐったくもあり、可笑しくもあり。
それでも、「それじゃあ、行こうか!」というお義姉さんの言葉と共に、
時間ギリギリまであちこち見てあるったわ。

++++++++++

電車に乗りこむまでにあれこれ買いこんだ私達だったけれど さすがに疲れたわね。

お弁当を食べるのがやっとで
飲み物もそこそこに3人とも寝てしまったわ。

私の目が覚めたのは、電車の窓から見える風景から いろんな色の明かりや看板がすっかり消えて、
真っ暗な中にそこそこ明かりが見えるくらいになってから。
見慣れた風景に、一瞬、乗り越したかしら?とも思ったけれど
まだうちまでは一時間程も手前だった。

都市部は、住宅地と言っても電車からみる限り、どこにも明かりが 落ちているけれど、
地方は本当、中心部以外は明かりが少ないわ。
だから私、暗がりの中に見える、コンビニやドラックストアの 明かりだけをみると、
どこでも同じに見えてしまうもの。

「結構寝たわね」 そう言うお義姉さんはもうずっと前から起きていたのか、
さっぱりした顔をしていた。
私が今思った明かりの事などを話し、 暫くは他愛のない話をしていたのだけれど、
ふと会話が途切れた時、お義姉さんが私に言ったの。

「忠雄が色々苦労かけてごめんなさいね」

思いがけない人から、おもがけない事を言われてとても驚いたわ。
でも、それと同時に、 ああ、お義姉さんも知っているのかとか、 同情されているのかしらとか、
色々なことが頭の中をめぐってなんとも返事が出来なかったの。

「私が叩きに行ってやりたいくらい、腹が立つけどね。 もう小さな子供じゃないし、それはね。
でもね、今の時代は、色々言われてはいるけれど
女が離婚してやっていくには、まだまだ大変よ。 我慢するのよ。典子さん。
あの子だって、家族捨ててどっかに行ってしまうほど非情な 人間じゃないから」

私、何でもないことのように、さらっと受け流すつもりでいたのに。

「本当に、ごめんなさいね。」

お義姉さんにそう言われたら、我慢できなくなっちゃって 泣けちゃったわ。
たくさんたくさん、泣いた。
私が言ってもらいたかった言葉はこれだったのだなあ とこの時思ったの。

「女一人では、まだまだ難しいもの。社会はまだ男の人が中心でしょう?
ここで意地張って離婚すしようと思うなら、 その力でふんばって、
忠雄にくっついていて これから必要になるお金を貯めた方が、よっぽど利口だわよ」
お義姉さんは私に、そう言ってくれたわ。

++++++++++

東京でのあの素敵な食事が、姪っ子の行きたがっていた店ではなく、
彼女が母から、「素敵なお店を選んでおいて」と指令を出され、
懸命に探した所であったこと。

お義姉さんが、私と二人の旅行に誘ったのでは警戒して 来ないだろうからと、
わざわざもう一人、義兄の所の 和子お義姉さんを誘って 旅行に行ったと知ったのは、
それから1週間くらいたってから。

和子お義姉さんが、駅に着くまでぐっすり寝こみ、 私が大泣きしたのを知らなかったのは、
もちろん 「振り」であろうと言う事は私にだって想像できた。
それに主人の事は、 会社に殆どかかわっていない上のお義姉さんさえ知っていたのだもの。
お義兄さんを手伝って、会社に出入りしている彼女が知らない 筈はない。

会社のコピーマシンの前で何度となく同じ作業を繰り返している お義姉さんを見つけた時、
私の方から挨拶したの。

「この間はお世話になりました。色々ご心配かけて済みません」
その時に聞いたの。
旅行の事もレストランの事も。

「キヨ子義姉さんね。社長の事は自分が育てたようなものだから、
こんな事になってしまって、なんだか典子さんに申し訳なくて し方がないって言っていたわ」

それとこれとは関係ないことだもの。
私がそう言うと、お義姉さんは、少し笑って、 「私もそう思う」って言ったわ。

どんな男の人にだって、ありえないとは言えないから。
しそうでしない人だっているし、まさかこんな人がっていう話だって あるし。
ある意味、たまたま悪いくじ引いちゃったみたいなものだもの。
私、人事だと思って言っているんじゃないのよ。
実際その話をお父さんから聞いた時、私、 「それで、この人は、大丈夫なのかしら?」って ふと考えたのよ。
だって、うちの人、出張多いでしょう?
いったん外に出てしまったら、何をしているかなんて 私にはわからないもの。
お義姉さんもきっと、親代わりだからとかそう言うのは言い訳で
きっと同じ女として、なにもせずに黙ってみていることは 出来なかったのだと思うわ。

お義姉さんはコピーをしながら やはりどこかの噂話をしているように淡々と話す。
私達兄弟嫁3人は、季節の挨拶は決して外さなかったけれど 特に仲が良いと言うわけでもなく、
そして、この後も、私達が以前より仲良くなると言うことはなかったけれど、
私はあの時、この二人のいやみじゃない程度の干渉に とても癒されたわ。

 

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