典子 3

本当、私達って、はたから見れば 昼間のドラマのようなんだろうなあ…
と 思うようになったのは、
義母がこちらに来てから また倒れたから。

ひどい高血圧だった義母のために
病院から指導された高血圧用の料理を徹底した私。
私でさえなんと味気の無い料理だと思うのだから
濃い料理を好んで食べていた義母がおいしくないと思うのは
当たり前。

それを泣いて嫌だと訴える義母だったけれど、
何より主人が、そこから直さなきゃ解決しないと
義母の食生活を徹底させたから。
私もレシピ通りの食事を進めたの。

ある朝、食事を目の前に置いて、泣かれ、
二度目に盆をひっくり返され、
それが3回続いた後に、食事は部屋の扉の前に 置くようになったわ。
お昼になっても手付かずのお盆。
手付かずで、中身だけが替えられる食事。

そして、うちから車で40分も離れている 兄弟家族が持ってくる、
うちの近所の鯛焼きや和菓子。
自分で出て歩くことも無く、私にも頼めない義母が
わざわざ電話して頼んでいるようでした。

兄弟はそんな私を責めることは無く、 義姉にいたっては、
そんな風になっても、鯛焼きを届けながら、
わがままな母を世話してくれてありがとうと
いつだってお礼を言ってくれたほどだけど、
隠れて電話されて、外の人間に物を頼むほど 私にこたえることは無く。

お礼を言ってくれるなら、
頼むから義母が気に入っている 貴方のうちで、
この人を見てくださいと なんど口から出そうになったことか。
喧嘩も無かったけれど、かといって楽しいお喋りがあるわけでもない。

出かける時は、特に介護が必要な人ではなかったし
ゆっくりしてこようとホッとするのもつかの間、
やはり何処かで年老いた老人を一人 置いておくのは気が引けるのか
(それが近所の目を気にしてのことなのか、それとも 純粋に義母を心配する気持ちからなのか、
私にはわからなかったけれど)
用事が済むと、やはりなんとなく落ち着かなくて うちに戻ってしまっていたわ。  

なるべく無感情になるようにして過ごしていたあの頃の家は、
住んでいる私でさえ『いたくない』 と思うような、
やりきれない場所だった。

義母と住むようになって9年。 倒れられてから3年目。

その春に 「母は僕の方で預かるよ」 とお義兄さんから連絡があったの。

++++++++++

「いや、典子さんにもかなり世話になったし。
うちもやっと落ち着いてきたから、
やはり兄貴である 自分が面倒見ようと思ってね」

お義兄さんの申し出は筋が通っていると言えば通っていたし
そうじゃないといえば、そうじゃなかった。
実際その頃には、お義兄さんも自分の家を構えるように なっていたし、
会社の専務として実際仕事のほとんどを切り盛りしていた
お義兄さん だから お義母さんがそっちに行ったとしても
部屋的にも、経済的にもそう問題は無かったはず。

でも一年半前に建ったばかりの、その家には
お義母さん用の部屋なんて準備は無かったし、
会社で何度も顔を合わせていたのに、
一度だって、そんな話を されたことは無かった。

それなのに突然そんな話が出て、
話が出たところでは もう全てが決まっていて、準備も出来ているなんて。

ああ、これはきっと私の知らない所で、
いつものように義母から 連絡が行き、話がまとまったのでしょう。
それが悔しかったのね。私。
好きでやっていたわけではないとは言え、
一番お義母さんにかかわってきたのに
なんの話も無く行かれてしまうのが。

安堵が無かったわけじゃない。

でもそれまで一緒にいた年月を考えたらなんだか悲しいって言うか
やりきれなくて仕方が無かった。

お義母さんは介護が必要とか言う人ではなかったから、
もともとそう手のかかる人では無かったのね。
だから、いなくなったとたん、
急に自分の時間が増えて そんな自分を持て余してしまうと言うこともなかったけれど、
行ってすぐの頃は、一抹の寂しさはあったの。

それも過ぎて、自分だけの生活に慣れてきた頃になって
色々義母の話が聞こえてきたわ。

あてがわれた部屋は2階の奥でお風呂一つ行くにも 不便なこと。
食べ残した前日の朝食が、次の日の朝そのまま出てくること。

そして久しぶりに顔を会わせたお義姉さんは
だからって典子さんにどうにかしろって言っているわけじゃ無いからね と
断りを入れてから、
お義母さんが 「今までどんなに楽な生活をしていたかわかったよ」 と言っていた
と教えてくれるのでした。

++++++++++

私だって、そんなにやさしい人間じゃない。
苦労しているらしいお義母さんの様子を、 かわいそうにと思いはしても、
結局は自分で出ていったも同然の人だもの。
じゃあ、私が引き取りましょうとは、
誰かから頭を下げられても言うつもりなんか無かったわ。

勝手に出ていったのはそちらの方。
お礼どころか、「世話になったね」の一言もなく
「じゃあ、行くわ」と玄関を出たあなたじゃないですか。

そう思って、私は知らぬ存ぜぬ。
それからもお義母さんの噂は聞こえてきたけれど、
私に対してのいやみ??と思えるほど、多いと言うわけでもなく。
かといって、全く聞こえず、蚊帳の外と言うわけでもなく。

そんなに敏感になることは無いのだな、と。
世話をしていないと言うのは、 外野の人間と言うのは、
こういう風にただ話を受け入れて、ああ、そうなんですかと
うなずいていればいいのだなと思い始めた頃、
お義母さんは、なんともあっけなく亡くなってしまいました。

私にはどれだけ食べたかわかるはずも無い、その日の朝食を終えて、
そのままリビングでテレビを見ていたお義母さんは 最初、
お義兄さんの奥さんが見つけたときには ただ眠っているとしか、思わなかったとか。

お義母さん、お義兄さんの所へ行って、
半年後のことでした。

お葬式って、わかっていても、事前にそう準備していないものなのね。
ましてやお義母さんは今日明日どうなると言うことも無かった人だし。
気がつけば私達は、兄弟皆で、葬儀やさんから、お寺まで 何もわからずにあたふたと、
お葬式の準備を始めたのです。

まだ夏と呼ぶには早い季節だと言うのに
その年は梅雨がないのかと言うくらい晴天続きで、
お義母さんが亡くなったのも、また暑い日でした。

そして、遺体が腐るのを心配するかのように、
お義母さんは二日後にはお葬式も終わり、荼毘に付したのです。

お葬式の間中、私はなんだか切なくてくやしくて。
私の元を離れて、たった半年ですよ。
考え過ぎなのはわかっていたけれど
そんな苦労をしてまで、私の元からは逝きたくは無かったのかと
私と一緒にいるのはそんなにつらかったのかと
そんな風に思えてしまったのだもの。

 

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