典子

 

「魔性のオンナ」ってどんな人のことだと思う??

どんな男性もとりこにしちゃう銀座の女性?
それとも 既婚の男性しか好きになれない
かわいい系の女の子?

どうやら違うみたい。
こんな、着ている物も普通にデパートのセール品で
髪の毛なんか手入れが簡単なだけが取り柄のショートカット。
そして、どこへ飛んでいくわけでもなく
ぼうっとうちにいるだけの、普通の主婦だと思っていた
この私みたいのを「魔性のオンナ」 って言うみたいよ。

だって、私、そうやって言われたんだもの。

++++

なんであの人と結婚したかって、 そんな事もう、忘れちゃったわ。

出会い?
出会いは…私が知り合いの喫茶店でアルバイトをしていて、
そこに良く来るお客さんだったのよ。
そう、向こうから声をかけて来て。

今じゃ普通の事かもしれないけれど
田舎だったし、 あの頃は親の決めた相手と結婚するのが当たり前みたいだったから
男の人とあっているってばれたら親の方が大騒ぎ。

2、3回あっただけなのに、相手をうちに連れて来いって話になって、
今の主人にその話をしたらあっさりうちに来て。
とんとんとんと結婚の話が進んじゃったの。   

今思うと、如何して両親がそんなに早く話を進めたのか 不思議だわ。
主人はその頃「見習中」と言って近くの工場に住み込んでいたし、
全くのよそ者、実家は遠い九州と言っていて
家族のことなんか 何もわからない。

喫茶店で働くと言うのでさえ良い顔をしなかったのに
何故にそこの客なんかと結婚させたのか?
もしかして、喫茶店でなんて働いて
傷がついたと思われる前に、片付けたかったのかしら?

そう。
私は恋愛結婚なんて思っていないのよ。
ただなんとなく誘われて、お茶を飲んで、映画に行った相手と
気が付いたら結婚が決まっていた。
そんな感じ。

式は実家でだったの。
結婚式の当日に始めて向こうの両親に会ったわ。
気の強そうな姑とやさしそうな舅。

後で思いがけなく同居になった時は
結婚式前にこの姑とあっていたら結婚は止めていたわと
思ったくらい。

本で読んでいた白無垢なんてそのころはとんでもなくて、
黒留袖の結婚衣装だったのが残念だったけど
式自体は人がわいわい騒いでいて楽しかったな。

自分は決して騒ぐ方じゃないけれど、そう言う輪の中にいるのは 大好きだったから。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

新婚生活は主人の住み込んでいた一部屋で、社長さんたちと一緒に暮らしたの。
元々大家族だったから別に気にならなかった。
と言うか、突然主人と二人暮しになるより気が楽だったかもしれない。

奥さんと一緒に炊事や掃除はしたけれど、
それ以外に別に束縛されなかったし、
主人が気にしない人だったから、
しょっちゅう実家に帰ったりして。

今思うと、あの頃にして見ればとても気楽な生活していたわぁ。

主人は本当寝る間も惜しんで働いていた。
以前のタコ部屋同然の生活からすれば
社長に拾われた自分は ラッキーだったけれど、
それでも、人に言われるがままに働いていたら一生このまま だと言って、
その日使った図面や資料を部屋へ持ちこんでは
色々勉強していたの。

それが社長さんには内緒の事だったから
ご夫婦にかわいがられていた私としては
気が引けるところも有ったけれど
主人のがんばりを見ていたら意見なんてとんでもなくて、
ただ黙って、布団に入っていたわ。

あの頃からケチではなかったかな。

日頃はそうやってほとんど
工場と部屋の往復のような生活をしていたけれど
基本的におしゃれな人だから。

週末に二人で喫茶店に行ったり、
たまには映画を見たり、
そう言うところでお金をさらっと使える人だったから、
そうね。
だから私一緒にいて楽しかったのかもしれない。

結婚して何年も子供が出来なくて、
周りから色々言われてもひょうひょうとして
全然気にする風でもなくて
そんな主人を見ていると、時に腹がたったり、時に頼もしく思えたり。

でも、私に対してもひょうひょうとした人だったから
一緒に住めば住むほどわからない人だなあと思った事も
何度あったことか。

大体において主人は頭の中で全部解決してしまってから
私に報告するというか、あった事を話してくれる人だったから、
私はあの人と暮らしていてそう、なんて言うか、
不安になることは なかったわ。

そう言う生活の不安なところは全て主人がやってくれて、
それが当たり前だと思っていた。

だから突然、社長の元を離れて自分で仕事を起こすのに
関西へ行くといわれた時は本当驚いたの。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

そんな、社長にはなんて言うの?

私は生まれ育ったこの土地を離れなければ行けないの?

関西って…ここから電車でどのくらい??

知らない土地に行くという事にいまいちピンと来ない ながらも、
そんなあたりきりの質問をぶつけてみる。

主人は、坦々と言うの。

不義理してしまうからこそ、 社長とは客争いにならないよう
関西まで行くんだ。
悪いと思うところもあるけれど、
社長だって、一家の主だ。きっと解ってくれる。

なにも、遠い海の先、
一生戻って来れない所に 行くって訳じゃない。
なにかあったら、ちゃんと帰って来られるよ。

関西と言っても辺鄙な所だから。
ここからだと一日仕事だろうな。
でも、これから色々大きな工場が立つらしいんだ。
道路だって開けてくる。

俺の仕事はこれから常に必要とされるところだよ。
きっと上手く行く。

あなたはきっとお仕事の繋がりで知り合いも出来て
忙しく出来るんだろうけれど、
私はどうなるの?
言葉だって、違うだろうし。
嫌だわ。
そんな知らない土地に行きたくない。

社長さんだって、よくしてくれる。
このままここにいるのでいいじゃない。

話を聞けば聞くほど、何もないところに ポンと置かれる気がして、
私は不安で仕方がなかったの。

「もう向こうで住むところもあたりがついてるんだ。
悪いけれど俺は小さくても、一国の主になりたい。
俺だって、これからが大変なんだよ。
向こうに行って、毎日メソメソ泣かれたんでは 堪ったもんじゃない。
ついて行くか行かないかは 君が決めてくれ」

あの頃に単身赴任なんて言葉はなかったもの。
主人のしようとしている事は出稼ぎと言うのとも また違った。

主人が言っているのは、 ついて来るか、
離婚してここに残るか そう言う事だったのね。

主人だけを頼りに知らない土地に行くと言うのは
とても不安。

それに、私は涙一粒流してもいないうちに 「メソメソ」する事を止められてしまい、
不安の上に更に不安をのせられたような 気分になって来ちゃったの。

 

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