静子
小学校以来ずっと連絡を取っている弘子の実家に久しぶりに遊びに行きました。
「おばさん、こんにちは。お邪魔しますね」
台所の奥とつながっている店のほうに、そう声をかけて靴を脱ぎます。
最近リフォームしたばかりだと言う家は雰囲気こそかなり変えていましたが、
間取りは変わらず私は迷うことなく奥にある居間までたどり着く事が出来き、
以前と変わらない家の中の匂いがなんとも懐かしかったです。
「コーヒーでいいよね」
先に行ってて、と台所に消えてしまった弘子の大きな声。
私はちょうど居間に先客を見つけたところで、
彼女とその赤ちゃんに挨拶をしたらいいものか、
弘子に返事をしたらいいものか、悩んでしまいました。
「こんにちは」
ちょうどよく先客の彼女がにっこり笑って挨拶をしてくれたので、
私もこんにちはと返し、弘子に向かって、「ありがとう」と叫び返します。
どうしようか。
そのままきびすを返そうかとも思いましたが、
先客の彼女がどうぞと座布団をを勧めてくれたので
そのまま居間へお邪魔することにしました。
「なんだ、静子さん、来てたんだ」
幸いな事に、気まずいと思うまもなく弘子がコーヒーを入れて入ってきてくれ、
「義姉の静子さん、こっちは友達の巧さん」
と紹介をしてくれました。
外から戻ったお兄さんは、会釈する私に「ご無沙汰してます」といって、
気さくに近況などを尋ねてくださいます。
中学生の頃は頭が良くてとても気難しい感じがしたのに…。
物腰の柔らかいその態度に私は少なからず驚いてしまいました。
人って変わるものなのね〜。
せっかく女性が集まったのだからと、赤ちゃんを散歩に連れ出してくれるお兄さん。
その後、店から戻った弘子のお母さんも加わり、
看護婦をしていると言う静子さんが仕事上のハプニングを面白おかしく話してくれ
私たちのおしゃべりは否が応にも弾みます。
勢い私は夕食に招待され、それにちゃっかり甘えることにしました。
支度も整い、お父さんも席についた頃、
「静子、勇は僕が見てるから先に食べていいよ」
とお兄さんが言いました。
「うん」と言って食事をとり始める静子さん。
お兄さんは食事に手をつけることなく勇くんをあやします。
ほっほ〜。
出来た旦那さんだわ〜。
…食事の後、せっせと茶碗を洗うお兄さん
「静子は、日頃勇の世話で大変だから」
ほっほっほ〜。
本当出来た旦那さんだわ〜。
テレビを見ている静子さんのところへ戻ってきたお兄さん、
「勇〜、今準備してお風呂入れてやるからな〜」
ほっほっほっほっほ〜。 静子さんて幸せ者。
どこのデパートに行ったらそんな良い旦那さん売ってるの?!って感じだわ〜。
でも、口には出さなかったけれど、
度胸のあるお嫁さんだなあ
と思ったのも事実です。
ダーリンの実家に遊びに来て、
上げ膳据え膳
子供の世話までダーリンにしてもらってテレビを見てるなんて…。
専業主婦の巧には、恐ろしくて理解できない行動です。
なんて言ったら、誤解があるかなあ??
お風呂が終わってすっきりさっぱりした勇くんは気持ちが良いのでしょう。
とてもご機嫌な様子でママのとなりに横になっております。
ママにあやされて、声を出して笑っておりました。
赤ちゃんはやっぱりママが好きなのねえ。
そう思えてしまうくらい、勇くんはママに向かって
はちきれそうな笑顔を向けています。
「寝るときはこのミルクで、添い寝してれば寝るから」
「寝ついたら、枕を背中に当ててやれば…」
隣の部屋ではお兄さんがしきりにミルクやベッドの説明をおばさんにしていました。
「今日ね、勇くんジジババに預けてお兄ちゃんたちデートなんだって」
一緒にその様子を見ていた弘子が話してくれました。
「そうなの」
視線をこちらに向けてにっこりする静子さん。
「子供子供で全然ゆっくり出来ないからって、彼が企画してくれたの」
家庭と仕事で満足に自分の時間も持てないダーリン(って奥さんの事よ)のために
ご両親に子どもを預けてたまには二人でスウィートな時間を過ごそう
ってことですね。
そう言う事だったのかぁ…@
さっきはすごいお嫁さん??なんて思っちゃったけど
それも今日が妻へのスペシャルサンクスの日だったからなのね。
納得して(安心して?) 今度は二人のなれ初め話なぞ
に花を咲かせて 盛り上がっておりますと…
ふぎゃっふぎゃっふぎゃ〜。
私達が盛り上がるほどにとなりの勇くんはご機嫌ななめになって行くようです。
かまってもらえないのはやっぱり寂しいかな?
体をさすって静子さんは勇くんをあやし、そして、ちょっと眉をひそめました。
「あ、勇、くさい」
そうか。ウンチでご機嫌ななめだったのね。
と、間髪いれずに
「ねー、勇、ウンチ!早く取ってよ!!」
と、静子さん。
「わかった。ちょっと待ってて」
と、お兄さん。
…って、お兄さん、粉ミルクの量を測り中。
そして、無言で見詰め合う弘子とおばさん。
うーむ。 やっぱりそれは、何か違うぞ。
そうねえ、いくら今日が愛する奥様へのスペシャルサンクスの日だと言っても、
旦那様のご実家で育児も家事もまかせっきりでテレビを見ていると言うのは…
根性あり過ぎですね(笑)
「それじゃあお願いしますね〜」
「じゃあ、母さん頼んだわ」
足取りも軽やかに玄関を出て行く静子さんと、その後を追うお兄さん。
「行ってらっしゃい」
おばさんは勇くんを腕に抱いて二人を見送っていました。
「お兄さん、愛妻家なんですね」
おばさんが戻ってきたところで私はそう声をかけました。
「本当、そうなのね〜」
困ったように笑っておっしゃる、おばさん。
「今日が始めてじゃないのよ」
弘子が急須にお湯を注ぐと緑茶の良いかおりが漂います。
「この間もさ、静子は勇にかかりっきりでゆっくり食事も出来ないから
って、
勇をお母さんに預けて二人で食事に出かけたんだもの」
始めてじゃないのかあ!
「って言ってもさ、うちに来ると必ず静子さんが先にご飯食べるの。
勇のお風呂だって絶対お兄ちゃんが入れるし。
オムツ替えだって見事でしょ。
日頃お兄ちゃんが勇の世話してないなんて思えない。」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
おばさんはたしなめるようにそうおっしゃいますが…。
「ま、ね。面倒見るのは私じゃないし。
それにうるさい小姑だとも
思われたくないから余計な事は言いませんけどね。」
「いいんですよ。たまに面倒見なきゃ勇だって
私達に懐いてくれないんですから」
そう言って、おばさんは腕の中でぐずり始めた勇くんのために
立ち上がって 歩き回ります。
あきれたように、私のほうを見てため息をつく弘子。
「お父さんのようになって欲しくはない、って言ってたのが
裏目に出ちゃったかんじ。」
おじさんはお仕事が忙しくて、殆ど家におられませんからね。
おばさんは、お兄さんに、家庭も顧みてくれる人になって欲しかったのね。
「いいんですよ。夫婦なんてね、二人がうまく言ってるのが一番なんですから」
あ〜あ。なんて良い言葉。
なんて良いお姑さん。
私も日頃はお姑さんを煙たく思ってしまいがちですが、
今日ばっかりは、お姑さんの味方だわ。
静子さん、楽しい時間は過ごせたのかなあ。
楽しい時間を過ごせたのなら、この次来たときはちょこっと家事でも手伝って、
お姑さんを喜ばせてあげて欲しいわ。
おおっと。
そういや巧の姑ももうすぐ誕生日だ。
なんか喜んでくれる事、企画しようかな。
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