真が、「この結婚はさ…」と切り出したのは、
私が母の13回忌で、実家に戻った時のことである。
内輪で済ませた法事は、くつろいでもらえる様にと自宅での料理だった。
幼馴染みである彼女は片付けを手伝おうと午後8時過ぎにやってきたのだが、
よく顔を合わせるご近所や親戚ばかりであった来客は、
その時間になっても誰も腰をあげる事はなく思い出話を肴にまだ酒を楽しんでいた。

勢い真も宴会に加わることになったのだが、
殆どが彼女にとっても顔見知りであり、
年配者への礼儀として一通りお酌をしてくると、頬はうっすらと染まっていた。

私達は長テーブルの隅を陣取り、珍しくアルコールを交えながらの
おしゃべりを始めた中で、真は言ったのだ。

「つくづく、この結婚は失敗だったなあっておもうの。」

酔った勢い??けんかでもしたの?
思いつくのは,そんな言葉ばかり。 私も酔っ払っているのだろうか? 
そんな言葉に吹き出しながら「ハイハイ」なんて答えている。

彼女の旦那様はテニスをこよなく愛する人で,始めてあった時は,
そりゃあ, 太っているとは言えない真よりはるかにスレンダーな体格で驚きもしたが,
さすがはスポーツマン。
お出かけ好きの真の意見に腰も軽く、
私達が遊びに行っても 嫌な顔一つせず一緒に出かけてくれる。
お似合いの夫婦に見えるのに。

一体何がどうなって、そう思ってしまったの?

「この間ね、大学の同窓会があったのね。」

「久しぶりに会った、もと彼がすっごくカッコ良くなってた?」
まだくすくすと笑ってそんなちゃちゃをいれる私を軽くにらんで、
彼女はかきピーを二、三ほおばりながら、言った。

「その時、久しぶりに会った友達に、あんたの考え無しとも言える 大胆さが好きだったのにって言われたの」
確かに彼女は高価な物でも「必要だから」と思えば,
あまり悩みもせず, ポンっと購入し、
重大な決断をあまり悩むことなく直感で決めてしまう。
それが裏目に出てしまうこともあったけど、
大して気にせず次の道を進む。

どう言う意味?と聞き返す真に対して、その友人はそう説明し、
「そう言う度量の大きさのようなものが好きだったのに、 結婚したらすっかり小さく収まっちゃったのね。」
と言ったのだそうだ。
真はしばし愕然としてしまった。

そういえば,私はそう言う人間だったのだ。
高価なものも,長い目で見れば,けして高いものではない。
自転車で20分かけて,50円安いトイレットペーパーを買いに行く 事をせず,
近くのスーパーで済ませていたのは 決して,面倒くさいからではなく,
その,往復40分の時間を,もっと有効に使いたかったからだ。
確かに真は,そう言う子だった。
今は違うの??

卒業して10年も経てば,結婚し子供もいる者だって、少なくない。
そう言う者を考慮した選んだ会場は 昼間のデパートレストランか、
と思えるほど, 子供の数も少なくなかった。
わらわらと席を飛び出して遊び出す子供。
親のもとを離れなれない子供。

真は一人息子の健君を隣に座らせ、 世話の合間に友達とのおしゃべりを楽しんでいた。

「ほら,健、こぼさないで食べて」
「うろうろ歩き回ったらダメ! ちゃんとお座りしてて」
「自分のご本あるでしょう。お友達のおもちゃ取ってはダメ」

「いや,すっかり,いいお母さんになっちゃったのねえ」
一番仲のよかった裕子がそんな真を見て言った。
「もっとさ、それ行け、って手放しで子供放り出して, お菓子もおもちゃも、
人の自分のなんて気にせず一緒くたにして、 食事なんて,美味しけゃ良いで、好きなようにさせて,
あとで、お風呂にドボン!!って、そう言う育児してるのかと思った。」
「あはは,それって家の親!私は違うわよ」
その時は大ウケでそう言ったものの, 帰り際,
裕子が言った「あんたの考え無しとも言える…」の台詞で ふと我に返ってしまったのだ。

真はしばし愕然としてしまった。
そうだ。私は確かにそう言う人間だった。
そうだ。私が望んでいたのは、確かに裕子の言うような、奔放な育児 だったはずだ。

これは、どう考えても夫の影響だ。
生まれた土地で育って、その土地で就職して、その土地で家庭を作る。
そこから出ようなんて考えもしない。
日々の小さな節約から始まって、将来のマイホームから子供の教育資金まで、
全て今から計算し尽くし、計画通りの人生を歩む。
そんな夫に知らず知らず影響されて、
いつのまにか自分も変わってしまったのだ。

「でも、彼のそう言う面も含めて好きになったのでしょう?」

プロポーズされたと私に報告してくれた時の真は、
そんな彼を「誠実で良い人」って、とても幸せそうに 話してくれたもの。
それはそうだ、と彼女は言う。
もちろん私だって,彼女たちの良い場面ばかりを聞いてきたわけじゃない。
たまたま用事があって電話してみれば
「すごいグットタイミング!おかげで暴力事件にならずにすんだわ〜」
などと、喧嘩中だったことを軽く笑わせてくれたり、
パパの顔など見たくない、と泊りがけで遊びに来たり。

それでも真は自分がそんな彼に影響されることに対してそれほど嫌悪感は 持っていないようだった。
「夫婦なんて、長く一緒にいればだんだん似てきちゃうでしょう? それはいいんだけど、健がさ…」

健君は今日はパパと一緒に御留守番だ。
彼女は持っていたグラスに少し口をつけてから話しを続けた。

「健のね、ふとした行動に夫の小さくまとまった性格が見えたりするのよ。
この間、夫の帰りが遅い時、健に面倒くさいから外で食事しようって言ったの。
健の好きなデニーズに行って好きなもの食べちゃおう!って。
その時はうんって返事をしたんだけど、
支度をしてさあ出かけようっていう時になって、やっぱりやめよう、ママって。」

「どうして?」
私は聞いてみる。

「お誕生日でもないのに、お外ご飯はもったいないよ。 僕家にあるものでいいよって言ったの」
支度をしている間、健君はずっと考えていたらしい。
その上「あるものでいい」なんて気を使うようなことまで言って。
子供なんだからもっとはしゃいで、
男の子なんだからもっと元気に景気よくしてもらいたいのに。

大きく健やかに、と願った息子に、
そう言う夫の小ささが見えてしまうのがたまらなく嫌だ、と彼女は言う。
そして、息子にはそうなって欲しくないと思えば思うほど
夫に嫌悪感を覚えるのだそうだ。

「今更ね、離婚しようとは思ってないの。ただ、この結婚は失敗だったなあってそう思うの」  

彼女の言葉はとても重かった。
痘痕もえくぼと言う言葉があるが、彼女の場合えくぼが痘痕になってしまったようだ。

私が結婚するとき、ある人が私に言った。

「相手の痘痕を笑い飛ばせる?」

その位でないとやって行けないわよとその人は私に教えてくれたのが、
真の話を聞いていると、
必要なのは
痘痕を笑い飛ばすことではなく(だって痘痕は痘痕としてもう許容しているのだから)
えくぼの確認なのではないか?
そう思えてきてしまった。

 

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