爺
今日はうちの「じいじ」のお話です。
HP上にもチラッと書いてありますが、
あんまり言葉が通じない、じいじとたろじろママなのね。
このお話を書くには色々説明臭いこともあるかも知れませんが、許してくださいね。
台湾語家庭で育ち、北京語教育を受けた
(日本にいて、アメリカンスクールに行くようなモンです)
じいじはおべんきょ嫌いの元ヤンキー。
北京語話せなくはないけれど、頭の中は全部台湾語で回転してます。
日本で育ち、パパとは、「グレェイト ブリテン」なんかで知り合っちゃった
ママは「いいもん@パパとは一生お英語で通すから」なんて
甘ったれたやつだったので、これまた、北京語の進歩は
なめくじ並の速度だったのです。(今は北京語のほうが得意ですよ)
ちなみに同じ中国圏「北京語」と「台湾語(福建語)」はどう違うかと申しますと、
まるで、英語とフランス語です。
全然違うので、どちらかしか理解できないもの同士での意思の疎通は無理です。
そんな二人の意思の疎通は…。
私の出産の時のお話です(^O^)/
安産ではあったけれど
孫の出産より、
友達とのバーべキューを選び
退院帰宅後に「アイロンかけて」って…。
病院に着いて30分で出産、出産一時間後には自分でトイレにも行って、
まあ、元気なママだったんですけど。
退院して帰宅後まもなくに言われたのが、
この、「アイロンかけといて」でした。
同居して一年になるじいじは、私から見ると、何事に関してもおおらかで、
マイペースで、そしておしゃれな人です。
どうおおらかって言うと、私がかなり失敗した料理を出しても、
「今日料理しませんね〜」っていっても、掃除サボってパソコンにかじりついていても
「平気平気」って言ってくれます。
マイコーヒーショップと、マイフレンドとマイスクーターを持っていて、
自分のライフスタイルに邪魔にならない程度に私たちとお出かけし
(要するに毎回ではないって事です)
イベントのときは、ちゃんとスーツにネクタイを締めるおじいちゃんです。
で、この出産の日の夜、私たち家族は友達とバーベキューの約束を
していたんですけど、陣痛が始まってしまってキャンセルしました。
と言っても、つらいのはママだけ。おろおろするのはパパの役目って事で、
じいじは「俺ここにいてもすることないからバーベキュー行ってくるね」
とお出かけしてしまった。
…確かにすることないけど〜
でも〜孫の顔見るのにぃ〜
待ってたり〜しないの??
ま、いっか。確かにすることないしぃ。
そしてじいじは、もうみんなが「また明日」と、
かわいい産まれたてのbabyと私を休ませようと、帰っていった後に
(というか、帰ったみんなももう寝てるんじゃないかと言う時間に)
やってきたのです。
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トントン。
(看護婦さんかな?)「どうぞ」。
扉を開けて入ってきたのはじいじでした。
私を見るとほんのり顔を赤らめて(と思ったら、酔っ払っているだけだった)
「あれ、みんなは?」
「え?!もうみんな帰っちゃいましたよ」
そう言うと、ひどくがっかりしたように「そうかあ。…子供は?」
私は隣にあるベビーベッドを指差して(っちゅうか、かわらんのか!)
「…ここです」。
孫を見詰める事3秒。
「抱いてみますか」と私。
「いや、いい」とじいじ。
ありがとうございます。私もその、酒とタバコとバーベキュー臭いじいじでは嫌です。
と心の中で私。
そして、部屋の中を3周ほどして、テレビをつけ5分ほど観賞すると、
じいじは「帰るわ」と去っていきました…。
おいおい、おめでとうも無しかよ。
確かに私たちは会話がしにくいんですね。
私が日本人で、つたない北京語しか話せず、
台湾語で育って、北京語が苦手なじいじなものですから。
お互いマイペース過ぎに暮らしてしまっているのは
そこらへんが原因なのかなあなどと思い、
台湾語にも挑戦してみようかなあなんて、
殊勝なことを思ってみたりもするたろじろママなのであります。
(ハハになった瞬間って、なんとなく大きな目標持ってみたくなるのよ。持つだけだけど)
退院帰宅後、babyを新しいベットに寝せ、さあ自分もパジャマに着替えようかとしたとき、
じいじが部屋にやってきました。
「これさ、ひまがある時、アイロンかけておいて」
…手にはYシャツが3枚。
「…そこに置いておいてください」
出産後、初めて交わして会話がこれ。
その瞬間、必要なコミュニケーションは出来ていると確信した私は、
台湾語習得をとりあえず延期することにしました。
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