WADI RUM
◆ロレンスが愛したワディ・ラムの風景
アラビアのロレンスが愛したワディ・ラム(高い谷)にむかう。ヒジャーズからアカバへの道すがら、彼はこの谷をなんども通った。映画『アラビアのロレンス』も、このワディ・ラムで重要なシーンの撮影をしている。
ガイドのMは、きょうはコフィア姿だ。砂漠の砂と光への対策なのだろう。赤いチェックの布をかぶり、黒い輪で頭にとめている。アラブでは、どこでも見かける男の服装だ。アラファト議長を思い浮かべていただくといい。
ワディ(谷)のちかくで、Mが指さした。
「あの山の名前は『知恵の七柱』です。ロレンスの本の題名になりました」
山は柱状の岩塊でできている。たしかに数本の柱でできているように見える。しかし、ほんとかな。むしろ形から連想して、書名を山名にしてしまったのではないだろうか。本来の名をイシュリーン山(1,753m)という。この山のむかいにラム山(1,754m)がある。
◆内臓よじりのドライブ
2つの山のあいだの、ヨシズ張りのレストハウスで昼食。そのあと、トヨタやニッサンなどの、古い小型トラックに分乗した。
ぼくの小さな尻でさえのりきらないほどの狭い鉄のベンチと、空中に放りだされないために握りしめる鉄パイプが、荷台につくりつけてある。
車は、たっぷり鉄分をふくんだ谷間の赤い砂漠を、爆走しはじめた。まわりの山々も赤い。ワディ・ラムは、この赤さが特徴だ。したがって、夕焼けが美しい。ロレンスも書いている。
「夕陽は窪地を黒く隈どりながら西の壁の蔭にかくれた。しかしその残照は目覚めるばかり赤々と谷の入口の両翼を染め、この大渓谷の彼方にある壁の大きく突き出たところにぎらぎら燃えていた。」」(T・E・ロレンス著/柏倉俊三訳『知恵の七柱』第2巻第62章/東洋文庫)
ただし、いまは風景どころではない。車の振動で内臓がよじれる。カミさんは、必死でパイプを握りしめて腕が痛くなり、夜はサロンパスを貼って寝る始末となった。
◆ロレンスの泉
山のふもとで、へなへなと車をおりた。ラクダがいる。ちかづくと、つまらぬコンクリート製の水場がある。ロレンスの泉だという。映画『アラビアのロレンス』の撮影につかわれた井戸だから、この名がついたという。かたわらの巨岩に、ラクダなどの絵がある。8世紀ごろ、アラビア半島からやってきたサムード人が刻んだものだという。
20〜30mほど山の斜面をのぼったところに、1本の樹木がある。そのうしろに源泉があるらしい。
「あそこに泉があるのか。のぼれるのか」
ガイドに聞いたが、なんだか要領をえない返事だ。
映画にはでてこないが、『知恵の七柱』には、ワディ・ラム山中の泉の、感動的な描写がある。
「この岩から白銀の細流が日射しの中に迸出していた。(略)茂っているシダ類と緑もみごとな雑草は、そこらの五フィート平方ばかりを天国にしていた。(略)汚れはてた身体の衣装を脱ぎ、小さな水槽の中に歩み入り、このたるんだ皮膚を刺戟する動く空気と水の清冽さをついに満喫した。えもいわれぬ涼しさであった。」(同上第63章)
このあと彼は、「愛は神からくる。神のものであり、また神に向かって行く」とつぶやく不思議な老人に出会う。この泉は、どこにあるのだろうか。
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