ところが、なんとカムチャツカ半島には棲んでいる。しかも、アリューシャン列島をわたって、北アメリカの西海岸一体にも棲んでいるという。 カササギは留鳥で、渡り鳥ではない。ということは、カササギの生息域は、人間の移動とともにひろがったと考えられる。いつの時代に、どのように移動したのか。人間の移動とむすびつけた資料があったら、知りたいものだ。アジア大陸にいたモンゴリアンたちがアメリカ大陸にわたった、2.5〜3万年もまえの時代まで、カササギと人間のむすびつきの歴史がさかのぼれるのだとしたら、すごい。 じつは、北アフリカにもカササギがいるそうだ。これがフェニキア人・ギリシア人・ローマ人との関係を反映しているのか、イスラムの拡大に関連しているのか。そんなことも、わかってくるかもしれない。 日本とカササギの関係でいえば、もともとは日本には棲んでいなかったことが、『魏志倭人伝』でたしかめられるという。「無牛馬虎豹羊鵲」と書かれているらしい。つまり、女王卑弥呼の3世紀ころの日本には、「ウシ・ウマ・トラ・ヒョウ・ヒツジ・カササギはいなかった」そうだ。
大伴家持(718?〜785)のこの歌は、『万葉集』『新古今和歌集』『小倉百人一首』にでてくる。「かささぎの渡せる橋」とは、陰暦七月七日の夜、牽牛・織女の一年に一度のデートのために、カササギが翼をならべて天の川にわたすという、中国の故事にもとづいた想像上の橋のことだ。これは当時の知識階級だった貴族の中国的教養であり、カササギの実物を見たことはなかったとおもわれる。 ただ、ここでおもしろいのは、「天の川」と「霜」の白と、カササギの羽の白との関係だ。黒のなかの白。その印象の深さが、「天の川」と「霜」の比喩にむすびついている。つまり8世紀の家持には、カササギの白い模様についての、かなりの知識があったのだ。 さらに、ぼくが慶州で見たカササギは、翼をひろげると、両方の羽先がつくる白い模様が、まるく見えた。短い時間の観察だったから自信はないが、あの白い模様は笠状だったようにおもう。つまりカササギは、「笠鷺」。日本名をサササギと名づけた人もまた、あの模様に注目していたのではないだろうか。中国名「鵲」をカササギと翻訳したのは、渡来人だろうか、遣隋使・遣唐使だろうか。
9世紀、そして12世紀ともなると、知識は形骸化して、道真も寂蓮もカササギを枕詞のようにつかって、現物についての情報は薄らいだようだ。紫式部も、『源氏物語』浮舟で、「寒き州崎に立てる鵲の姿」と、いまのアオサギと混同しているのではないかという。 現在、カササギは、佐賀県を中心とする北九州だけに棲んでいる。天然記念物だ。16世紀の秀吉の侵略(文禄慶長の役)によって、朝鮮半島からもたらされた。日本のカササギは、人間の交流のうちでもっとも残酷な、戦争によってもたらされた。いわば捕虜のようなものだといえるかもしれない。 全長45cmで、カラスより小さいが、オナガより大きい。形はオナガに似る。金属光沢をおびた黒緑色。肩と腹が白い。 名前はカササギだが、スズメ目カラス科。学名Pica Pica。韓国名は、カチ。カチは、鳴き声からきているという。韓国人の発音は、ぼくにはむしろガチに聞こえた。慶州で聞いた鳴き声は、カシャカシャ、またはガシャガシャ。オスとメスの差があるのか、繁殖期には鳴き声がちがうのか、知らない。 日本名は、本名カササギのほか、やたら別名が多い。カチガラス、朝鮮烏(ちょうせんがらす)、高麗烏(こうらいがらす)、唐烏(とうがらす)、筑後烏(ちくごがらす)、肥前烏(ひぜんがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)。 カチガラスという名は、朝鮮名からきているようだ。あとは渡来の鳥であること、北九州にしか見あたらないことを、いいあらわした名が多い。 勝烏(かちがらす)ともいう。勝ちにこだわる、おじさん侍あたりの、カチガラスから派生した、単なるダジャレ的当て字かもしれない。秀吉軍の負け惜しみかもしれない。しかし、あんがいカササギの勝気な性格をいいあてた命名ともいえる。 それにしても、じつに別名が多い。ひとつは、かささぎの多彩な個性によるものだろう。それ以外に、そもそも日本人にとってカササギは、知識人が知っているだけの幻の鳥だったことにもよる。16世紀末にカチ(朝鮮名)が日本にはいってきたとき、この鳥がカササギだなんて、秀吉軍も九州人も知らなかったのではないか。それで、勝手にみんなが名づけ親になちゃったのではないか。カラス科なのに○○サギと命名した古代人にくらべて、ちゃんと○○カラスと命名した16世紀人の観察眼には、敬意を表したい。 英語名はkorean Magpie。magpieには、「おしゃべり」の語義もある。学名のラテン語picaは、「異食症」の意。なんでも口にいれるからだという。イギリスではカササギは不幸のしるし、死の知らせ、悪魔とされる。キリストが十字架で苦しんでいたとき、すべての鳥が悲しんで鳴いたのに、カササギだけは例外だったという。どうしてそこまでというほどの、残酷な異教徒あつかい。ドイツでも、泥棒あつかいだ。 ロッシーニの歌劇 『泥棒かささぎ』では、登場人物のおしゃべりな召使は、ピッポピッポと鳴くカササギの鳴き声からピッポと名づけられている。盗まれたとおもわれた銀の食器は、カササギの巣のなかから発見される筋書き。「異食症」のカササギがはこんだものとわかって、無実の罪が晴らされる。西欧では、「カササギ野郎」などと、あまりいい意味にはつかわれないようだ。 中国では、七夕物語にも登場するほど、カササギの扱いはいい。「舉頭聞鵲喜」。カササギの鳴き声は、喜びが訪れる前兆だという。王之渙に、「登鸛鵲楼」と題する詩もある。 ソウルの昌徳宮でカササギを見かけたとき、韓国人ガイドさんが、こんな話をしてくれた。たぶん三すくみの話だとおもうが、韓国の民話かなにかに、カササギの気の強さにキジが逃げだすという場面があるそうだ。「日本ではキジが国鳥になっている。韓国から逃げだしてきたんじゃないかな」といったら、「その気の弱いキジが、なぜ韓国に攻めてきたのですか」と問いかえされた。 ガイドさんの個人的見解なのかどうか、鳴き声や気性の激しさから、韓国では、カササギはあまり好まれていないようだ。「ソウルでも、ふえて困っている」。東京のカラス状態なのかもしれない。案内書には、韓国の国鳥と書かれている。しかし、そのガイドさんによれば、「韓国に国鳥はありません」。 さいきんの遺伝子的な研究によって、世界のカササギの位置づけも変わってきている。かつては韓国のカササギは、korean Magpieという英語表記があるように、ヨーロッパ・カササギの亜種と考えられてきた。どうやら、これもイギリス人の傲慢だったようだ。世界のカササギの遺伝子的同一性が明らかとなると同時に、それぞれ独立した種であることがわかってきている。 カササギについて知れば知るほど、カササギがなみなみならぬ鳥におもえてくる。世界の温帯域での、人間とカササギの、歴史的なむすびつき。カササギが見つめてきた人間世界。人間の歴史の意外な機微を、一筋縄ではではいかない性格をもったカササギが、あぶりだしてくれるかもしれない。 (バックに流れている鳴き声は、慶州で録音してきたものです) |
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