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イラン紀行 ペルシアの火と土と水と風 2002年10月〜11月
日目

1031

◆木曜日

 

アフワズ→ザクロス山脈→ビシャプール→シラーズ

 
写真 ザグロスへの道
油田地帯、砂漠のなかの川。農業のはじまったメソポタミア世界から、山岳地帯で勢力をのばしたペルシア人世界への移動だ。ビシャプールまで8時間、シラーズまでは1日がかり。
 
 
 
 
 
 
 

山の長老

11世紀末、カスピ海の南、エルブルズ山中に、「山の長老」とよばれる不思議な人物が棲んでいたという。彼の宮殿には無数の美女が住み、庭にはワインやミルクが流れていた。
老人は、宮殿に若者を迷いこませ、麻薬をあたえたうえで、酒池肉林の天国を味あわせた。
酔いと眠りから醒めた若者は、すっかり天国にいったと信じて、その体験をほかの若者に語る。自分もぜひ天国にいってみたいと望む志願者があらわれる。
こうして天国への切符をエサに、長老は若者たちを暗殺者に仕立てた。この暗殺団によって、老人は数々の王朝を意のままに動かしたという。
(マルコ・ポーロ『東方見聞録』より)。
大麻からつくられるハッシーシュ(hashish)はイラン語。これが英語の暗殺(assassination)の語源となった。

スサへZAGROSビシャプールへ

「アラジンの不思議なランプ」の油

きょうは長いバス旅行になる。大河の流域地帯をはなれて、ザグロス山脈にわけいり、ペルシアの故地シラーズまでゆく。

広大な原野のあちこちで、石油が炎をあげている。1908年の油田発見以来、イランは欧米列強の権益競争の標的となった。イラン・イラク戦争で壊滅的な打撃をうけた。

ペルシア湾岸の地図を見れば、直線で切りとられたり、半島がちょん切られたりの国が多い。この地域が、いかに石油利権に翻弄されてきたかがわかる。しかし、いまイランの石油産出は回復して、順調らしい。

この産油地帯で、石油はいつごろからつかわれたのだろう。たとえば「アラジンの不思議なランプ」に、石油はつかわれたのか。「アリババと40人の盗賊」の油壺にはいっていたのは、オリーブ油か、ヤシ油か、ゴマ油か。まさか石油ではないと思うのだけれど。

『千夜一夜物語』は麻薬のおかげ?

『千夜一夜物語』についても疑問がわく。シェラザード(シャーラザッド)に聞いてみたいことが、山ほどある。

「ペルシア絨毯」に乗るのは、この物語がもともとペルシアの『千物語』を下敷きにしているというから、納得できる。しかし、「空を飛ぶ」のは、なぜだろう。「不思議なランプ」をちょいとこすっただけで、なかから謎の巨人があらわれる。こういう奔放な想像力は、いったいどこから生まれてきたのだろう。

「開け、ゴマ!」と、日本の子どもの空想の世界をひらいてくれた「胡麻」も、胡人すなわちイラン人がもたらしたものだ。しかし、なぜ「イランの麻」なのだろう。ゴマはゴマ科で、麻はクワ科。おなじものではない。クワ科の大麻は、ハッシーシュの原料だ。

密教では、「護摩(ごま)を焚く」。この護摩は、サンスクリット語のhomaからきているそうだ。ゾロアスター教との関係が疑われる。護摩を焚く効能とはなにか。

ゾロアスター教の経典『アヴェスター』では、麻薬と思われるハオマhaomaが礼賛され、儀式にもつかわれてきたという。homaとhaomaは、無関係とは思えない。

1説に、ハオマとは、ザクロの種類の植物だともいう。小枝を燃やして匂いをかいだり、樹液でつくった酒を飲むと、陶酔感・恍惚感が得られるらしい。

儀式のための秘酒ハオマ酒は、ヤギの乳を水で割り、ハオマの小枝をいれ、醗酵させるという。これにザクロの絞り汁を加えることもあるらしい。ザクロは人肉の味がするといい、鬼子母神はわが子を食べたという。この背景にも、麻薬の幻覚を思う。

ゾロアスター教の秘儀の伝統と技術をうけついだのか、中世のイランには、「山の長老」という奇怪な人物がひきいる、麻薬(hushish)を活用した暗殺(assassination)集団さえあったそうだ。

「アリババの油壺」には、どうやら芥子油がはいっていたようだ。ケシは美しい花を咲かせるが、アヘンの原料でもある。イラン人は、大麻だの芥子だのにかかわりが深い。

「開け、ゴマ!」のゴマが、たんなるゴマだったとは思えない。どこかで、なにかが、入れ替わったのではないか。もともとは、空想の世界の扉をひらく、効きめの強い秘薬だったのではないだろうか。

「空飛ぶ絨毯」の浮遊感、「不思議なランプ」の膨張感。イラン人(アーリア人)の故郷はロシア南部。大麻の原産もロシア南部。ぼくに麻薬体験はないけれど、『千夜一夜物語』の想像力の源泉に、民族のもつ幻覚体験があったと考えるのは、うがちすぎだろうか。

ザクロス山中のザクロ売り

シラーズへの道は遠い。

とうとうと流れる川があるかと思うと、涸れ川がある。土砂漠がつづくかと思うと、緑の谷間がある。いよいよザグロス山中にはいったかと思うと、また原野がつづく。10時、ベフバハンをすぎる。11時半、ガキサランをすぎる。

ママサニという小さな街で昼食をとった。街のまんなかに、ひろびろとしたロータリーがある。そのわきで、山盛りにして、ザクロを売っていた。

少年の売り子がいたのでデジタル・カメラで写したら、父親が寄ってきた。液晶画面で息子を見せたら、おおいに喜んだ。ザクロをさしだして、「2つに割れ」という。鮮やかな色に声をあげたら、「もっていけ」。

バスにもどると、かすかなザクロのシミが、シャツについていた。繊維にそって1ドットほどの細さで染まった、十字の紅の星。なんと微細な染色だろう。ペルシア絨毯の鮮やかな赤は、ザクロの果汁で染められるという。

ザクロス山地へBISHAPURペルセポリスへ

ローマ皇帝が囚われていた都

シラーズまで130km。ビシャプールは荒々しい山のふもとにある。川にそった道を遺跡にはいっていくと、分厚い石積みの防壁がかこんでいた。もとは厚さ4m、高さは15mあったという。

ティグリス川東岸のクテシフォンから、このザグロス山中に都をうつしたのは、ササン朝2代目の王シャプール1世だ。西のローマ帝国との争いが熾烈だったから、防衛の意味があったのだろう。

「イランと非イランの諸王の王」と称したシャプール1世は、ローマの3皇帝──ゴルディアヌス3世、フィリプス・アラブス、ウァレリアヌスを破った。

捕虜になったローマ皇帝たちは、ここで堤を築く労役を命ぜられた。遺跡に、面会所跡というのがある。はるばるローマからやってきた家族が、捕虜と面会した場所だ。皇帝ウァレリアヌスは、ここで生涯を終えている。

水の神アナーヒターの神殿が、もとの姿をよくのこしている。14m×14mの床は、地上より6m低い。水を引きいれて、神事がおこなわれたらしい。

ササン朝の王たちの祖先は、ペルセポリス近くのアナーヒター神殿の祭司だったというから、この神殿にはとくに力をいれたのだろう。ちなみにアナーヒターは、観音さまの原形だそうだ。

王シャプール1世は、この街を愛し、ここで死んだといわれる。王自身はマニ教を保護したが、もちろんササン朝が信じたのはゾロアスター教だ。

暮れかかり、やがてとっぷりと暮れて、すこしは恐怖心が薄らいだが、ザグロス越えは肩がこった。岩の重なりはもろく、谷は深い。そして、中古車の群れが、カーブの多い道を果敢に追いぬこうと争う。走行距離が長かったうえに、この緊張でどっと疲れがでた。シラーズについたときは、へとへとになっていた。

アレキサンダーも、この道をたどったのだろうか。
 

つぎは8日目。アケメネス朝の大都ペルセポリス、古都パサルガダエ。

 

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