ESFAHAN
◆サファヴィー朝の都
昨夜とは反対に、きょうはザーヤンデ川に背をむけて、チャハール・バーグ大通りを、イマーム広場にむかう。街に樹木が多い。さわやかな朝だ。
ザーヤンデとは、「生命を生みだす」という意味だそうだ。ゆたかに水が流れる川があるというだけで、これまでの砂漠の街とはまるで印象がちがう。
この川のほとりに、かつてモンゴル軍が駐屯地エスパをおいた。やがてイラン人がサファヴィー朝を興し、ここに都をおいた。エスパが転じてイスファハンとなったという。
◆イマーム広場
セパーフ通りをぬけて、世界遺産イマーム広場にはいる。天安門広場につぐといわれる広さに圧倒される。天安門はなにもない石の広場だったが、ここは灌木と芝生と花壇におおわれ、盛大に噴水が吹きあがっている。
サファヴィー朝のアッバース1世が、1598年に着工し、数10年かけて完成した。南北にのびる長方形の庭を、2階建ての回廊がかこんでいる。
南に、かつて王のモスクとよばれたマスジェデ・イマームがある。1612年に、アッバース1世の命で着工し、彼の死後1638年に完成した。
東に、アリー・カプー宮殿がある。7階建て。3階からうえの建物前部が、広場を見おろすテラスになっている。涼しい林間を思わせる木製の柱列が、やはり木製の格子組みの屋根をのせている。
床にプールがあり、高々と噴水を吹きあげていたらしい。その水は水圧を得るために、かなたに見える山から引かれたという。
テラスから、王たちは眼下に展開するポロ競技を観覧した。さらに上階には、過剰な反響を吸収して、音の精髄のみを聴かせた、という音楽室がある。
西に、王族のための私的な寺院マスジェデ・シェイフ・モトフォラーがある。地下道によってアリー・カプー宮殿に通じていたという。
広場をかこむ建物の、寺院や宮殿以外の部分は、すべて商店になっている。その裏通りにも店がある。そのうえ、広場の北には、バザールがある。ここにも商業を重んずるイスラムの考え方があらわれている。
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