YAZD
◆ザクロから正倉院宝物まで
きょうも砂漠の道を走る。ヤズドまで400km。イラン高原とカビール砂漠の境目の道をゆく。みぎの遠い山に緑は見えず、ひだりの砂漠ははてしない。
ぼくたちは、アケメネス朝時代から「王の道」とよばれてきた、かつてのシルクロードを南東へたどっている。テヘランから、レイ・コム・カシャーン・ナインをへて、ヤズドへ。砂漠と高地の境目の、これらのオアシスを成りたたせているのは、泉や川や、なによりもカナートの水だ。
カナートは、シルクロードを通って中国西域にはいり、カレーズと名を変える。みやびな日本の曲水の宴も、ペルシア由来といわれる。水の文化の起源は、多くをペルシアに負うている。
イラン原産の石榴ザクロも、石国タシケントをへて、ついに日本にきた。胡瓜キュウリ・胡桃クルミ・胡豆ソラマメ・胡麻ゴマも、胡人つまりイラン人の国からつたわったものだ。胡楽・胡踊など、ペルシアからつたわった文化は枚挙にいとまがない。
この旅にでるまえ、カスピ海沿岸のギラン州で、イスラム革命後23年ぶりに、日本の学術調査隊が発掘を再開した、と新聞にでていた。ギラン州といえば、正倉院宝物の白瑠璃碗は、ここからでたといわれる。ザクロから正倉院宝物まで、日本にとどけられたものは、数かぎりない。
とちゅうナインの街で昼食をとった。中庭が泥田になるほど水がまかれていたが、帰りには土がすっかり乾いていた。10月末なのに、かなり陽差しは強い。
昼食のあと、あとの半分を走ってヤズドについた。
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