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イラン紀行 ペルシアの火と土と水と風 2002年10月〜11月
日目

1025

◆金曜日

 

レイ→コム→カシャーン

REYコムへ

45日で建てられたホメイニ廟

テヘランの街をでると、やがて土砂漠になった。バスで40分、レイの街についた。さらに南東にすすめば、カビール砂漠に迷いこむ。

レイは、中国の史書『史記』や『後漢書』にもでてくる古い街だ。街の中心に「アリの泉」がある。シルクロードをつなぐオアシスの1つだった。11世紀、セルジュク朝では、首都になっている。この街にホメイニ廟が建っている。

林立する尖塔ミナーレにむかっていくと、むこうから黒いヘジャブ(髪をかくすスカーフ)をまとった女性の一団がやってきた。おりしも金曜日、参拝する信者が多い。朝10時だというのに、あちこちに絨毯を敷いて、食事をしている。遠い家を早くでた者たちの、遅い朝食なのだろう。

モスクにはいる。女性はひだりの入口、男性はみぎの入口。はいると、ひだりてにホメイニの棺がおかれている。がらんとした空間。倉庫のような粗雑なつくりだ。

1979年のイラン革命の指導者ホメイニは、革命達成の10年後に死んだ。廟は45日間で完成したという。革命後の政情の不安定が、死んだあともホメイニの求心力を必要としたのだろう。ここにつどう貧困で敬虔で純朴なムスリムたちが、革命の力となった。

その人たちが、ぼくたちをとりまいて一挙一動をみつめている。かすかに不安を感じたが、これは日本人にたいする好奇心と親愛感なのだということが、しだいにわかってきた。

レイへQOMカシャーンへ

門前町は川のなか

レイをはなれると、また土砂漠のなかの道になった。1時間ほど走って、ようやく農地がひろがってきた。コムの街にはいる。

道幅はひろいが、なんだか銀座うらの道路を走っているみたいな気分になった。それもそのはず、道路はもとの川底だった。5年まえにダムができてからは、どっちつかずの「お川」から、完全な「道」に性転換したらしい。

いくつか橋をくぐるうち、バスは立ち往生した。もとの河川敷は駐車場となり、川のまんなかに屋台がならんでいる。

橋のたもとにタマネギ型のドームとミナーレが見える。9世紀に、この地で亡くなった、8代エマームの妹ファティマの廟ハズラテ・マアスーメだ。

ここは、イラン北東部のマシュハドにつぐ、シーア派の聖地。門前市をなし、勢いあまって川にこぼれ落ち、いまでは川中のほうがにぎやかな、門前町ならぬ門下町になっている。

1960年代、ホメイニは、ここの神学校で演説し、逮捕された。国外追放。1977年、ホメイニを中傷する新聞記事に抗議して、数千人の民衆がデモを起こし、学生が死傷した。この動きが全国にひろがり、親アメリカのパフラヴィー朝は倒れ、2年後にイラン革命が達成された。

コムの人口は80万人。いまでこそ川は干あがっているが、かつては水にめぐまれた、ゆたかな土地だったのだろう。昼食をおえてファティマ廟にむかうぼくたちに、子どもたちが好奇の目をむけ、若者たちが話しかけてきた。

コムへKASHANヤズドへ

農耕のはじまりテペ・シャルク

みぎにイラン高原、ひだりにカビール砂漠を見ながら、南へ走る。

午後4時、カシャーンの街にはいった。ロータリーに面した商店のおくまで西陽が射しこんで、いかにも暑そうだ。この街では、暑さをさけるため、地下室や地下水路カナートが発達しているという。人口10万人。

郊外のテペ・シャルクの丘にのぼる。遺跡から農具や土器が発見され、ここで5500年まえに農耕がはじまったことがわかった。白地にシカやトリを描いた彩文土器は、メソポタミアとおなじ古さ。丘のうえに、植物繊維を加えた日干しレンガの建物がのこっている。

イラン高原のふもと、かつては水にめぐまれていたにちがいない。土器が焼かれたということは、近くに木材を産する森林もあったのだろう。いまは山に木が生えているようには見えない。遺跡の丘も乾ききって、パウダー状の土が靴を白くするのみ。砂漠のなかに街がある。

気温を5℃さげる水の庭

暮れかかった街を、フィン庭園にむかう。道路にそって、勢いよく水が流れている。流れをまたいで、縁台のようなものがおかれている。ここで涼みながら、チャイ(紅茶。砂糖をたっぷり入れて飲む)や食事を楽しむようだ。優雅というには庶民的すぎるが、保津川あたりの川床を思わせないでもない。そして、この水はどうやらフィン庭園から流れでているらしい。

庭園は高い土塀でかこまれている。高木がびっしりと植えこまれ、田の字にめぐる水路を、水が流れる。域外とは5〜6℃の温度差があるという。

水路の底には水色のタイルが張られ、水の流れがあかるい。交差する十字の水路のうえには、パビリオンが建つ。入口からパビリオンにむかう水路には、水色の陶製のツボがならび、先端から水が噴きだしている。感覚温度差は、さらに実質温度差を上まわるのではないか。

16世紀サファヴィー朝に創られ、王朝が変わっても、工夫が重ねられた。砂漠地帯では、水の贅沢こそが至高の贅沢といえる。

もちろん、こんな贅沢ができるのも、遠い高原から地下をくぐって砂漠まで水をはこぶ、カナート(地下水路)のおかげだ。カナートの起源は前1000年ごろといわれる。イラン人は水の飢餓を克服し、それを文化にまで高めたばかりか、スリリングな水の悦楽を楽しんでいるかのようだ。

庭園をめぐる回廊には、ハマムもある。1852年、ここでカジャール朝の宰相アミール・キャビールが暗殺された。アミール・キャビールは、イランではじめて日刊紙を創刊し、軍隊を近代化し、高等教育・科学技術教育機関を充実させ、留学生を派遣した名宰相だったという。

庭園をでた門前で、薄暮のなか少年がザクロを売っていた。ザクロはペルシア原産だ。大きなのを1つ買った。1,000リアル。約15円。甘い。安い。
 

つぎは2日目。ゾロアスター教の故地ヤズドへ。

 

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