KASHAN
◆農耕のはじまりテペ・シャルク
みぎにイラン高原、ひだりにカビール砂漠を見ながら、南へ走る。
午後4時、カシャーンの街にはいった。ロータリーに面した商店のおくまで西陽が射しこんで、いかにも暑そうだ。この街では、暑さをさけるため、地下室や地下水路カナートが発達しているという。人口10万人。
郊外のテペ・シャルクの丘にのぼる。遺跡から農具や土器が発見され、ここで5500年まえに農耕がはじまったことがわかった。白地にシカやトリを描いた彩文土器は、メソポタミアとおなじ古さ。丘のうえに、植物繊維を加えた日干しレンガの建物がのこっている。
イラン高原のふもと、かつては水にめぐまれていたにちがいない。土器が焼かれたということは、近くに木材を産する森林もあったのだろう。いまは山に木が生えているようには見えない。遺跡の丘も乾ききって、パウダー状の土が靴を白くするのみ。砂漠のなかに街がある。
◆気温を5℃さげる水の庭
暮れかかった街を、フィン庭園にむかう。道路にそって、勢いよく水が流れている。流れをまたいで、縁台のようなものがおかれている。ここで涼みながら、チャイ(紅茶。砂糖をたっぷり入れて飲む)や食事を楽しむようだ。優雅というには庶民的すぎるが、保津川あたりの川床を思わせないでもない。そして、この水はどうやらフィン庭園から流れでているらしい。
庭園は高い土塀でかこまれている。高木がびっしりと植えこまれ、田の字にめぐる水路を、水が流れる。域外とは5〜6℃の温度差があるという。
水路の底には水色のタイルが張られ、水の流れがあかるい。交差する十字の水路のうえには、パビリオンが建つ。入口からパビリオンにむかう水路には、水色の陶製のツボがならび、先端から水が噴きだしている。感覚温度差は、さらに実質温度差を上まわるのではないか。
16世紀サファヴィー朝に創られ、王朝が変わっても、工夫が重ねられた。砂漠地帯では、水の贅沢こそが至高の贅沢といえる。
もちろん、こんな贅沢ができるのも、遠い高原から地下をくぐって砂漠まで水をはこぶ、カナート(地下水路)のおかげだ。カナートの起源は前1000年ごろといわれる。イラン人は水の飢餓を克服し、それを文化にまで高めたばかりか、スリリングな水の悦楽を楽しんでいるかのようだ。
庭園をめぐる回廊には、ハマムもある。1852年、ここでカジャール朝の宰相アミール・キャビールが暗殺された。アミール・キャビールは、イランではじめて日刊紙を創刊し、軍隊を近代化し、高等教育・科学技術教育機関を充実させ、留学生を派遣した名宰相だったという。
庭園をでた門前で、薄暮のなか少年がザクロを売っていた。ザクロはペルシア原産だ。大きなのを1つ買った。1,000リアル。約15円。甘い。安い。
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