1987年の南海ホークス(中編)
6月ー盛り返し
6月2日のロッテ戦は、4対5のまま終盤に突入した。最後は、リリーフに出てきた牛島に、6つのアウト全てを三振でとられ、ついに追いつくことはできなかった。門田はこの試合も代打で出場し、DHに入った加藤英は4タコで、ついに打率3割を切った。翌日も仁科ー牛島に完封され、0対3で負けてしまった。4番には好調の山村が入ったが、荷が重く3タコに終わった。これでロッテに並ばれて同率4位となった。が、4日の同カードでは、高柳が村田から満塁弾を放ち、7対4で勝利を収めた。完投の西川は3勝目をあげた。
5日の近鉄戦では、田島が好投した。が、ハモンド、香川のエラーが出て自責点1で降板した。ただ、そのハモンドは7回に勝ち越し打を放ち、6対3で逆転勝利を収めることができた。6日には、門田が久々に先発に戻り、初回に13号3ランを放った。しかし、矢野が大石に逆転弾を浴び、結局て1点差で負けてしまった。それでも7日には、山内和が近鉄打線を抑え、4対3で競り勝った。これで山内和は4勝目、防御率も3.44とまずまずである。
一方の山内孝は防御率3.71だったが、勝ち星が増えないまま調子を下げていた。10日の阪急戦でも、苦手のブーマーや福良に打たれ、苦杯を喫した。それでも11日は打線が好調で、10対4と阪急に大勝した。西川は完投で4勝、トップを打った山田は2安打で、打率を.333とし、森脇も4安打で.286とした。その代わり、不調の山本は7番に降格されてしまった。
12日の西武戦でも3点を先行した。が、藤本修が伊東の打球を頭に受けて降板し、結局は引き分けに終わった。トップに復帰した佐々木は3安打で、打率を.282とし、2番河埜も.360と好調だった。が、両外国人が共に5打数無安打に終わった。9回1死3塁の場面でも、ハモンドとデビッドが揃って凡退し、ついに勝ち越せなかった。これでハモンドは打率.279(4本)、デビッドは.238(6本)と、およそ助っ人とは呼べない数字になっていた。
13日の同カードでは、山内和が初回に沈没した。2死から3四球を出し、6番の安部に満塁弾を食らってしまった。後を受けた中条や矢野は好投したが、このハンディを挽回することはできなかった。さらに14日にも、田島が5回に集中打を浴びて逆転負けを喫した。
この連敗でズルズルいきそうだったが、16日の日ハム戦では打線が奮起した。加藤英の3ランなどで逆転し、最後は井上が締めて4セーブ目をあげた。不敗神話を誇っていた松浦には初黒星が付いた。翌17日には、西川が白井に逆転2ランを浴びて競り負けたが、18日には逆転勝ちを収めた。加藤英の6号で同点に追いつき、最後は山本の2塁打などで勝ち越した。この試合、15号弾を含めて2安打の門田は首位打者に踊り出(.359)、3安打の加藤英は打率を.295とした。これで借金3、チームはロッテを抜いて4位に浮上した。
19日のロッテ戦では、好調の山村が初回に満塁弾を放った。これで藤本修も楽になり、完投で余裕の5勝目をあげた。21日の同カードでは、香川が2本塁打を含む4安打を放ち競り勝った。山内孝は完投で5勝目、借金は1となり首位阪急までも4ゲームと射程に入ってきた。なおこの試合に、不調のハモンドは欠場した。
23日には、山内和が阪急打線を石嶺のソロの1点に抑えた。しかし、打撃陣が星野に完封されてしまった。サードにはファームからあがった藤本博史が入り、1安打を放った。24日にはデビッドが52日ぶりの7号を放ち、西川が完投して5対2で勝った。西川は阪急から3勝目で、「キラー」と言われだした。
翌25日にも、デビッドが初回に8号3ランを放った。先発の藤本修は早々と降板したが、中継ぎの中条が好投し、結局6対5で競り勝った。勝ち星は中条につき、これがプロ入2勝目となった。チーム成績も5割に戻り、首位阪急まで3.5ゲーム差となった。サードに入り続ける藤本博も、打率.250とまずまず頑張っていた。
しかし26日の近鉄戦では、田島がまたも途中で大崩れした。そして乱打戦の末に、7対11で負けてしまった。翌27日にも、7回に逆転を喫してしまった。山内孝は7敗目、2回のスクイズ失敗も響いた。が、28日には藤本修が踏ん張った。近鉄打線を完封し、佐々木の先頭打者ホームランであげた1点を守った。この試合、サードにはハモンドが、捕手には吉田が復帰した。また、規定打席に達した河埜は打率.343で、ベストテン3位に登場した。
30日の日ハム戦では、好調の佐々木が6、7号を放ち、5対3と競り勝った。先発の西川は6勝目をあげ、井上は7セーブ目をあげた。これで再び勝率5割、日ハムと同率の3位ということになった。
ここまでの成績は以下の通り
| 勝−敗−分 | 勝率 | 差 | ||
| 1 | 阪急 | 31−22−4 | .585 | − |
| 2 | 西武 | 31−24−5 | .564 | 1.0 |
| 3 | 日ハム | 30−30−2 | .500 | 3.5 |
| 3 | 南海 | 27−27−3 | .500 | 0 |
| 5 | 近鉄 | 25−31−2 | .446 | 3.0 |
| 6 | ロッテ | 20−30−6 | .400 | 2.0 |
阪急はこの月、11勝9敗1分となんとか首位を守った。山田が肩を痛めて登録抹消となり(11日)、佐藤もヒジ痛で登板機会が減ったが、山沖と星野が共に3勝1敗と踏ん張った。山沖は、トレードで来た内田のリードで蘇っていた。打者では、ヘッドのとり方を変えた熊野が絶好調で、石嶺も月間MVPを獲得した。ただ、松永は右手親指を骨折してしまい、ケガをおして出場したが打率は低下した。
西武は12勝7敗2分と、実力を発揮して2位に躍進した。復帰した松沼兄が3勝1敗、工藤と東尾が2勝1敗、郭も2勝0敗、松沼弟が3セーブと好調だった。渡辺は肩を痛めてファーム落ちし、郭も一時的に離脱していたが、その穴を感じさせなかった。打撃陣もようやく立ち直り、清原は2割そこそこだった打率を2割6分台に戻し、秋山も8本塁打(通算23本)で本塁打レースを独走していた。ただ、ブコビッチは絶不調で、打順も下位に落とされていた。
日ハム9勝13敗と、大きく負け越した。白井一幸は打撃好調だったが、古屋が足を痛めて離脱し、パットナムも極端な不調に陥った。リリーフの松浦は、一瞬防御率1位に登場したが、酷使のため調子を落とし0勝2敗4Sに終った。松浦に代わって先発に復帰した柴田も、血行障害の影響で1勝2敗1Sの数字に終った。佐藤誠も1勝4敗で、津野だけが3勝2敗と孤軍奮闘していた。
近鉄は11勝12敗と、多少持ち直した。前半の8連敗で最下位に転落したが、打線の援護で盛り返した。オグリビーは8本塁打、デービスは7本、鈴木は6本を放ち、新井は打率を3割4分台まで上げた。阿波野は3勝2敗、小野は2勝2敗で、大きいフォームに変えた住友も3勝0敗の成績をあげた。
ロッテは7勝11敗2分と苦しみ続けていた。腰痛のリーを登録抹消し、高沢、山本、復帰の古川でクリーンアップを組んだが、長打力が全く不足していた。水上が規定打席に達し(30日現在.303)、斉藤も高打率を残したが、歯車が噛み合わなかった。投手陣では仁科が防御率6位(3.17)に進出したが勝敗は2勝1敗で、荘は1勝2敗、村田は1勝3敗、園川は0勝3敗の数字にとどまった。牛島は1勝1敗5Sの成績をあげたが、チーム成績ゆえにあまり注目されなかった。。
南海はこの月、12勝10敗1分だった。西川が4勝1敗、藤本修が2勝1敗、井上が1勝0敗4Sと好調で、貯金を稼いだ。山内孝と山内和は共に2勝3敗で、新人の田島はポカがあり0勝2敗に終った。
打撃陣では門田が首位打者(.357)で、河埜も5位(.340)に進出していた。佐々木も.282でトップを務めあげ、香川も.272と好調だった。対照的に両外国人は不調だった。デビッド(.235)ハモンド(.263)はスタメン落ちが増えていた。山本もまだ1本塁打で、高柳の打率も1割台、森脇も1割台にとどまっていた。また、中旬までは好調だった加藤英が急に打てなくなり、打率を.256まで落としていた。
7月ーAクラスターン
7月を迎えて、南海には1つ明るい材料があった。肩痛の加藤伸がようやく復帰したのである。山内孝、山内和、藤本修、西川、田島でまわしていたローテーションも、これで楽になる筈だった。しかし7月2日の復帰第1戦では、終盤に日ハム打線に捕まってしまった。河埜のエラーをきっかけに3点を勝ち越され、結局2対5で負けてしまった。
4日の西武戦では、山内孝が粘投した。10安打を打たれながらも、9回まで自責2で乗り切ったが、打線が郭に完封された。それでも5日には藤本修が完投し、打線も松沼兄を打ち込んで大勝した。7回に代打で3ランを放った高柳は、これで打率を2割台に乗せた。
8日のロッテ戦では、まず柏崎のサスペンデッドゲーム(5月23日のもの)の続きが行われた。これは4対4で8回表からの再開だったが、南海は加藤をつぎ込み、河埜のサヨナラ打で勝利を収めた。しかし続いて行われた2戦目には、西川が2回途中までに5点をとられてしまった。後を受けた山内和は、8回を1失点と好投したが、結局4対6での敗戦となった。9日の同カードでも、山内孝が沈没して2対6で負けてしまった。
10日の近鉄戦では、藤本修がまた完投勝利をあげた。これで8勝目、初回にはハモンドが45日ぶりの5号満塁弾を放ち、これを援護した。しかし11日には、好投していた西川が8回に捕まった。打線も阿波野の前に1点しかとれず、5割復帰はならなかった。12日にも終盤まで競り合ったが、最後は井上が吹石にサヨナラ打を浴びてしまった。
それでも、藤本修だけは着実に勝ち星を重ねていた。15日の阪急戦では、中条のリリーフを仰いだが9勝目をあげ、ハーラートップの工藤に並んだ。この試合、不調だった山本が2号弾を含む3安打を放ち、打率を.277まであげた。
17日の西武戦は、またも西川が終盤に崩れた。代打大久保に逆転3ランを浴びたのだった。しかし打線も、復帰テストの渡辺や松沼弟を打ち込み、なんとか5対5の引き分けに持ち込んだ。が、18日には、売り出し中の横田に抑えられてしまった。山内和も好投したが、結局1対2での敗戦となった。これで競り合っていた日ハムと入れ替わり、4位転落となった。
前半戦の最後は、そのライバル・日ハムとの3連戦だった。その緒戦に、藤本修が日ハム打線を無四球で完封した。これで10勝一番乗り、ベテランの加藤英も先制打を放ち勝利に貢献した。22日の2戦目は接戦となった。南海は西川に見切りをつけ、3回から加藤を投入したが、日ハムも津野を中継ぎで使い、結局3対4で競り負けてしまった。
前半の最終戦・23日の試合は、勝ったほうが3位で折り返すことになる重要なゲームとなった。先発の山内和は、日ハム打線を1安打に抑え、3年ぶりの完封を飾った。打撃陣では、代打高柳が4号ホームランを放ち、結局3対0での勝利となった。山内和は、ノーヒットノーランを逃したことよりも、完封できたことが嬉しいと語った。この年の山内和は、シュートを使うようになって復活できたようだった。
24日のJrオールスターには、南海からは右田、安田、田島が出場した。ファームの主軸としては、岸川(打率.339で首位打者、7本塁打)、藤本博史(.309、11本)、大坪(3勝3敗2S、防御率2.60は7位)、橋本(4勝5敗0S、防御率2.76は8位)らがいたが、もう彼らの時代ではなかった。安田はホームラン競争で4本を放り込み、代打で1打点をあげた。が、スタメンの右田は3打数無安打、田島は大久保にタイムリーを浴びて敗戦投手になってしまった。
25日からのオールスターには、門田、藤本修、山内和が出場した。第1戦では、門田は代打で出て四球、藤本修は3回を投げて1失点だった。第2戦では門田は3番ライトで先発し、2打数無安打だった。
第3戦では、門田は6番ライトで出て、3打数1安打1打点、3番手で出た山内和は、5安打を浴びて4失点という出来だった。
7月終了時の成績は以下の通り
| 勝−敗−分 | 勝率 | 差 | ||
| 1 | 阪急 | 38−29−5 | .567 | − |
| 2 | 西武 | 37−31−8 | .544 | 1.5 |
| 3 | 南海 | 33−35−4 | .485 | 4.0 |
| 4 | 日ハム | 35−39−2 | 。473 | 1.0 |
| 5 | 近鉄 | 34−38−2 | .472 | 0 |
| 6 | ロッテ | 30−35−7 | .462 | 0.5 |
阪急はこの月、7勝7敗1分に終った。中盤までは好調だったが、それ以後は1勝5敗と苦戦していた。山沖は2勝2敗、星野も2勝1敗だったが、佐藤が1勝2敗で、今井も0勝2敗、病み上がりの山田は調整登板中と、かつての3本柱が軸になれなかった。打線は、福本、熊野、ブーマー、石嶺と続く上位はよく打ったが、ケガの松永が抹消され、蓑田や福良も調子を落としていた。
西武は6勝7敗3分と負け越し、首位進出はならなかった。不振のブコビッチは、風邪をひいて登録抹消、秋山や清原の調子もあがらなかった。このため東尾(防御率4位)は好投しながらも1勝3敗に終わり、工藤(防御率3位)も1勝1敗にとどまった。また松沼弟も腰痛もあってリリーフ失敗が続き、30日に登録抹消となった。渡辺は復帰したが、入れ替わりに郭が抹消されるなど、チーム状態は決してよくなかった。
日ハムも5勝9敗と負け越した。柴田が右腕の血行障害で抹消、代わって抑え役になった松浦も0勝1敗1Sの数字にとどまった。津野が1勝1敗、佐藤誠も0勝2敗と低迷する中で、新人の西崎が2勝2敗と台頭してきた。打撃陣では、ブリューワが8本塁打を放ち、白井や岡持も活躍したが、パットナムや島田誠の成績は下がりつつあった。
近鉄は9勝7敗と巻き返した。小野(3勝2敗)、阿波野(2勝2敗)、小山(2勝1敗)らが、新井、オグリビー、デービスと続く打線とようやく噛み合いだした。
ロッテは10勝5敗1分と絶好調だった。復帰したリーは不調のままで、中心となる打者はいなかったが、山本功を4番に据えた打線に繋がりが出てきていた。投手陣では3勝2敗の荘、2勝0敗の仁科の他、2勝0敗の園川の好投が目立つようになった。
南海は6勝8敗1分ながら、上位チームの不振に助けられて3位に進出した。藤本修が4勝0敗と大活躍し、山内和も好投を続けたが、西川(0勝3敗)と山内孝(0勝2敗)が貯金を吐き出した。打撃陣では、門田、佐々木らは依然好調で、高柳や吉田博も率をあげていたが、デビッド、ハモンドはほとんど戦力になっていなかった。特にハモンドについては、解雇の噂も流れていた。
7月末頃の、各チームのおよその布陣は次の通り。成績は31日現在。
| 阪急 | 西武 | 南海 | ||||||||
| 中 | 福本 | .304−3 | 三 | 石毛 | ,283−6 | 中 | 佐々木 | .280−7 | ||
| 左 | 熊野 | .300−7 | 左 | 吉竹 | .264−4 | 二 | 河埜 | .301−3 | ||
| 一 | ブーマー | .301−15 | 中 | 秋山 | .232−26 | 右 | 山本 | .267−2 | ||
| D | 石嶺 | .354−19 | 一 | 清原 | .254−14 | 左 | 門田 | .330−18 | ||
| 右 | 蓑田 | .246−8 | 捕 | 伊東 | .266−6 | 一 | デビッド | .229−10 | ||
| 二 | 福良 | .247−3 | D | 白幡 | .370−1 | D | 加藤英 | .252−6 | ||
| 三 | 本西 | .260−2 | 右 | 西岡 | .233−3 | 三 | ハモンド | .267−5 | ||
| 捕 | 内田 | .229−1 | 遊 | 田辺 | .237−5 | 捕 | 吉田 | .281−3 | ||
| 遊 | 弓岡 | .238−3 | 二 | 苫篠 | .224−7 | 遊 | 湯上谷 | .239−0 | ||
| 山沖 | 9−5−0 | 工藤 | 9−3−0 | 藤本修 | 10−4−1 | |||||
| 星野 | 8−5−0 | 郭 | 7−3−0 | 西川 | 6−8−0 | |||||
| 佐藤 | 6−5−0 | 東尾 | 6−8−0 | 山内和 | 6−7−0 | |||||
| 古溝 | 6−2−0 | 松沼兄 | 4−4−0 | 山内孝 | 5−9−0 | |||||
| 森厚 | 3−0−1 | 松沼弟 | 0−1−5 | 井上 | 2−1−7 | |||||
阪急は、骨折した松永の代わりに本西が入っていた。
西武はまだ辻が復帰せず、セカンドは苫篠が務めていた。DHにはブコビッチの代わりに、大久保、白幡、広橋らが日替わりで入っていた。
南海は、左投手と対戦する時には山田、山村、高柳らがスタメンに入った。
| 日ハム | 近鉄 | ロッテ | |||||||||
| 中 | 島田誠 | .260−3 | 二 | 大石 | .276−3 | 三 | 西村 | .273−1 | |||
| 二 | 白井 | .295−12 | 中 | 新井 | .344−5 | 左 | 横田 | .270−4 | |||
| D | 岡持 | .328−4 | 左 | オグリビー | .303−17 | D | リー | .251−3 | |||
| 左 | ブリューワ | .339−25 | 一 | デービス | .357−14 | 一 | 山本 | .344−5 | |||
| 三 | 古屋 | .281−4 | D | 栗橋 | .309−3 | 中 | 高沢 | .305−8 | |||
| 捕 | 田村 | .232−3 | 三 | 金村 | .243−7 | 右 | 古川 | .237−6 | |||
| 一 | パットナム | .242−11 | 右 | 鈴木 | .273−15 | 二 | 上川 | .273−4 | |||
| 右 | 五十嵐 | .267−0 | 遊 | 村上 | .226−6 | 捕 | 袴田 | .211−3 | |||
| 遊 | 田中雄 | .218−5 | 捕 | 山下 | .211−3 | 遊 | 水上 | .286−5 | |||
| 津野 | 7−5−0 | 阿波野 | 9−7−0 | 荘 | 8−7−0 | ||||||
| 佐藤誠 | 5−9−0 | 小野 | 9−6−0 | 仁科 | 6−4−0 | ||||||
| 西崎 | 4−6−0 | 谷宏 | 4−4−0 | 村田 | 4−6−0 | ||||||
| 金沢 | 4−5−0 | 小山 | 4−3−0 | 園川 | 3−4−0 | ||||||
| 松浦 | 6−3−5 | 石本 | 1−5−5 | 牛島 | 1−2−12 | ||||||
日ハムは、古屋がなんとか復帰を果たした。代打では早川が好調だった。
近鉄は、淡口や羽田が代打を務めていた。梨田は肩を痛めてファーム落ちしたままだった。
ロッテは、佐藤健、田野倉、斉藤、愛甲らが相手投手に応じて先発した。長打力はなかったが、野手の層はそれなりに厚くなっていた。
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