1986年の南海ホークス(後編)


6月ー立ち直りの気配

 6月1日の西武戦は、山内孝がまたも長打を打たれ、4対9で敗れた。が、その次のロッテとの3連戦ではようやく歯車が噛み合った。まず3日には、乱打戦を矢野が締め括り、6対5で勝った。4日には井上が1失点の完投勝利を収めた。この試合、門田は11号を放ち、また戦列に復帰したグッドウィンは代打で勝ち越しタイムリーを放った。さらに5日には、1軍登録されたばかりの高柳が1号弾を放ち、4対3で逆転勝ちした。先発の西川は久々の3勝目、2ヶ月ぶりに復帰した加藤は、リリーフでセーブをあげた。
 8日の近鉄戦は山内和が打たれて負けたが、10日の日ハム戦は苦手の間柴を打ち崩し、7対3で快勝した。井上は3勝目、矢野と加藤もリリーフで好投した。なお、グッドウィンはこの日も代打でヒットを放ち、2打点をあげて打率を.319まで上げた。さらに11日の同カードも、西川が完投で4勝目をあげた。門田も12号弾を放ち、この日4打点の活躍を見せた。
 しかし山内孝だけは相変わらず乗れなかった。12日には9回まで2失点と粘ったが、最後にリリーフの中条が押し出しの四球を与えてしまった。これで山内孝は2勝9敗という惨状である。それでも13日には山内和が好投し、久々にスタメンのグッドウィンの先制弾も出て日ハムを下した。好リリーフの矢野は2セーブ目をあげた。これで、5位のロッテに3.5ゲーム差、最下位脱出の可能性が僅かに見えてきた。
 が、14日からのロッテとの直接対決で、この夢は一瞬にして潰れてしまった。その緒戦では、左腕の水谷に2安打の完封勝利を許し、2戦目には加藤が完投したが、エラーも出て1対3と競り負けた。これでロッテとの差は5.5ゲームとなり、脱出の希望は消え失せた。
 18日にも工藤に完封され、19日にも岸川の落球などで逆転負けを喫した。不運な山内孝はこれで10敗目である。20日の近鉄戦では、スタメン復帰後打てなくなっていたグッドウィンが5、6号弾を放ち、土壇場で引き分けに持ち込んだ。先発の山内和は、2つの三ゴロ失策で、自責0で降板していたが、藤本修がロングリリーフで好投した。
 21日には、今度は小川のトンネルで、好投の加藤が見殺しになった。左キラーの高柳だけは、村田辰美から3号弾を放つなど好調だった。翌22日の近鉄戦は、河埜の内野安打でサヨナラ勝ちを収めた。高柳はこの日も4号弾を放ったが、これで打率は.429となった。ただ、この日、吉田がファウルを顎に受けて骨折してしまった。
 24日にも西川が好投してロッテに大勝した。矢野も完璧なリリーフをした。しかし27日の日ハム戦では、延長11回まで投げた加藤を見殺しにしてしまった。加藤はパットナムに決勝本塁打を浴び、これで勝ち星がないまま3敗となった。
 28日も、山内孝が打たれた後、リリーフ陣が踏ん張ったが、結局川原に抑えられて負けてしまった。これで山内孝は2勝11敗となった。

ここまでの成績は以下の通り

勝ー敗ーS
近鉄 33−20−4 .623
西武 31−22−4 .585 2.0
阪急 30−22−5 .577 0.5
日ハム 28−31−2 .475 5.5
ロッテ 20−28−3 .417 2.5
南海 17−36−4 .321 5.5

 近鉄はこの月、11勝6敗2分と再び調子を上げた。死球を受けた主砲・デービスが、東尾を殴って10日間の出場停止になったり、不振のバンボ(打率.228、6本塁打)を解雇するなどのドタバタがあったが、成績はよかった。また淡口が絶好調で、打率を3割4分台に上げた。投手陣では、石本が2勝0敗5Sと相変わらず大活躍し、小野も4勝0敗と立ち直った。
 西武はこの月、13勝2敗3分と近鉄以上の快進撃で、2位に進出した。秋山は8本塁打(通算20本)で本塁打争いをリードし、石毛(月間MVP)や田尾も調子を戻してきた。工藤は3勝1敗で、東尾も3勝0敗と復活した。郭もこの月だけで6セーブをあげた。ただ、清原はやや調子を落としていた(この月打率.224)。
 阪急はこの月、8勝8敗3分で首位を空け渡した。山田は2勝2敗、今井も2勝2敗、星野も1勝1敗で、佐藤の不在もあって貯金できなかった。ただ、アニマルは4セーブをあげて相変わらず好調だった。打撃陣では、ブーマーと石嶺が首位打者で並び、松永や弓岡もよく打った。が、福本や熊野の調子が上がらず、外野には蓑田不在の影響が現れていた。
 日ハムはこの月、6勝14敗と大きく負け越した。リリーフで好投を続けてきた田中幸が、疲れで球威が落ちて1勝3敗0S、ハーラーダービーのトップを走っていた柴田も、1勝3敗と落ち込んだ。間柴も0勝2敗1S、田中富も0勝2敗と勝てなかった。打撃陣も、好調なのは田村と島田誠ぐらいで、両外国人をはじめ古屋、津末らが打てなくなった。ようやくメッキが剥げてきたようだった。
 ロッテもこの月、5勝11敗1分と大きく負け越した。西村、横田、リーらがスランプに陥り、弱体投手陣を援護できなかった。荘は抑えに配置転換したが0勝3敗2S、仁科は0勝3敗、村田は1勝2敗という惨状だった。ただ、深沢が2勝をあげ、復活の兆しを見せたのは明るい材料だった。また井辺が中継ぎで好投を続け、一時は防御率争いの上位に顔を出していた。

 南海はこの月、8勝10敗1分と、多少は立ち直りの兆候を掴んだ。山内孝は0勝4敗と相変わらずだったが、西川が3勝1敗、井上が2勝1敗と立ち直ってきた。矢野もリリーフでよく働き、2勝0敗1Sという成績を残した。ただ、復帰した加藤はいつも見殺しにされ、0勝3敗1Sという成績になっていた。また藤本修は中継ぎに回されていた。
 打撃陣では、5日に登録されたばかりの高柳が、打率.391、4本塁打と奮闘した。しかし門田が打てなくなり、1月前に3割あった打率を.259まで下げていた(この月の打率は.169)。デビッドも.296から.271に下降していた。復帰したグッドウィンも、足痛の影響もあり率を.270まで下げていた。顎を骨折した吉田の代わりとしては、当面は岩木が出場した。が、香川に捕手復帰の指示があり、25日のウエスタンの試合には捕手で出場した。


7月ー久々に勝ち越し

 香川は1日の西武戦で、捕手として1軍に復帰した。この日の試合は、しばらく中継ぎにまわっていた藤本修が好投し、最後にデビッドがサヨナラの12号弾を放って勝利した。しかし翌2日には、復活をかける松沼兄に完封されて負けてしまった。3日にも加藤がKOされ、打線も工藤の前に沈黙した。この試合、目のかすみ(ストレス性の中心性網脈絡症)を訴えた門田はスタメンを落ち、不振のグッドウィンもゲームに出なかった。
 代わりに4番を務めたのは高柳だったが、工藤からヒットを放ち、5日にも星野から先制打を放った。この試合では山内孝が好投し、阪急を完封して3勝目をあげた。さらに6日にも、藤本修ー矢野と繋いで阪急に競り勝った。4番に復帰した門田は、3安打を放った。8日の近鉄戦でも、山内和が1失点で完投し、これで3連勝となった。連敗続きで5位に落ちた日ハムとは4ゲーム差となり、最下位脱出の目も出てきた。
 しかし、加藤だけはどうしても勝てなかった。9日の近鉄戦にも、8回に逆転されて5連敗となった。この試合、山田がスタメンに復帰して2安打を放った。
 12日の阪急戦では、山内孝がまた好投した。最後は西川のリリーフを仰いだが、2対1で競り勝って4勝目をあげた。球の上ずりがなくなり、ようやく山内孝の調子も戻ってきた。13日には星野を打てず、2対4で負けたが、15日には西川が好投した。延長10回を投げ抜いて、最後は定岡が勝ち越し打を放ち、3対2で日ハムに勝った。
 17日にも打線が粘りを見せ、8、9回にデビッドの14号と岸川の2号で追いついて引き分けた。これで前半戦は終了した。

 18日のJrオールスターには、湯上谷(2年目)と岸川(3年目)、投手の松崎秀昭(2年目)が出場した。湯上谷はスイッチ挑戦がうまくいかず、6月4日にファーム落ちしていた。この試合も精彩なく2打数0安打だった。岸川は1軍スタメン(三塁)も増え、2割5分前後の率を残していたが、守備が悪かった。打力を見込まれてこの日は5番で出場したが、4打数0安打に終わった。また、松崎は課題の制球が良くなり、春先には1軍でも投げていた。この日は1イニングに登板して1失点だった。
 19日からのオールスター戦には、南海からは山本(打率.292、11本)と西川(7勝5敗1S、防御率2.99)が出場しただけだった。それでも初戦に2番ライトで出た山本は、勝ち越し2塁打を含む2安打を放ち、MVPに輝いた。マスコミ各紙も、「苦労人」として山本を大きく取り上げた。山本は2戦目にも先制ソロを放ち、先発で3イニングス無失点の西川と共に優秀選手に輝いた。

 後半戦は西武との3連戦で幕を開けた。その初戦は、西川と工藤の投げ合いとなった。西川は1失点で完投し、デビッドと高柳のソロで2対1と競り勝った。26日の2戦目は藤本修と松沼兄の対決になったが、藤本が打ち込まれて大敗した。3戦目は、加藤と小野の投げ合いとなり、2対1で辛勝した。加藤は西武を3安打に抑え、初勝利をあげた。
 しかし29日には、山内孝がまたも炎上し、近鉄に大敗した。敗戦処理で出た中条は6失点で、一挙に防御率を悪くした。30日には、山内和ー藤本修のリレーで近鉄を抑え、6対4で勝った。しかし31日には、失策絡みで西川が6失点を喫し、2カード連続の勝ち越しはならなかった。

ここまでの成績は以下の通り

勝ー敗ーS 勝率
近鉄 42−25−5 .627
西武 40−31−6 .563 4.0
阪急 39−31−5 .557 0.5
ロッテ 29−36−5 .446 7.5
日ハム 32−42−4 .432 1.5
南海 26−43−5 .377 3.5

 近鉄はこの月9勝5敗1分と、再び西武を突き放した。小野が4勝1敗(通算13勝4敗)でハーラーダービーのトップを走り、石本も3勝0敗3Sと鉄人ぶりを見せた。ただ、村田と柳田は共に0勝2敗と、長い不調から抜け出せなくなっていた。打撃陣では、大石が3割に乗せ、デービス、淡口と共に打撃ベストテン入りを果たした。新井も2割8分近くまで率を上げていた。ただ、栗橋と梨田は不調で、新外国人のグリーンも2割3分台の打率しか残せなかった。
 西武はこの月、結局9勝9敗2分という成績に終わった。一時的に首位に立ったが、その後負けが込んでしまった。松沼兄が4勝0敗と完全復活を果たしたが、東尾が1勝3敗と不調だった。抑えの郭も、29、30日と続けて逆転負けを喫した。また秋山もスランプに陥り、本塁打王争いで3位に後退し、打率も急降下させた。清原も2割5分台まで率を落とし、8番に降格されていた。
 阪急はこの月も、9勝9敗と冴えなかった。それでも、佐藤が28日に復帰後の初勝利を飾り、アニマルも1勝0敗3Sと依然好調だった。後半戦にはまだ上積みが期待できた。9本塁打のブーマー、8本塁打の石嶺に加え、捕手の藤田の打棒も奮っていた。石嶺はこの月、56試合連続出塁の日本新記録を打ち立てた。
 ロッテはこの月、9勝8敗2分だった。配置転換の荘が1勝0敗5Sと活躍し、深沢が4勝1敗と復調した。落合は11本塁打で三冠争いのトップに立ち、リーも調子をあげてきた。横田、高沢、古川、斎藤なども好調だった。それでも5連敗があったため、貯金は1つしかつくれなかった。
 日ハムはこの月、4勝11敗2分と大きく負け越した。河野は0勝3敗(通算1勝8敗)、津野も0勝2敗(通算3勝7敗)で、柴田も1勝2敗、自信喪失の田中幸もセーブをあげられなかった。打撃陣では、島田誠や田村は好調だったが、高代、白井、古屋らが打てなかった。2人の外国人も、長打が不足していた。

 南海は9勝7敗1分と、久々に勝ち越した。山内和は2勝0敗、西川は2勝1敗1S、山内孝は2勝1敗、藤本修は2勝2敗1Sと、ようやく満足な数字がつくようになってきた。好投が報われなかった加藤も、27日に初勝利をあげた。
 ただし、打撃陣の状態は決してよくなかった。山田がケガから復帰したが調子は悪く(通算.180)、佐々木も不調(.175)であり、トップバッターからして適役を欠いていた。2番の小川もじりじりと打率を下げ(.258)、山本(.286)、門田(.269)、デビッド(.278)と続く主軸も今ひとつだった。グッドウィンも足の痛みを訴えて休みがちとなり、打率も.245まで下がっていた。好調なのは左右の代打・岡本と高柳ぐらいだった。


8月ー最下位脱出なるか

 8月は、阪急との3連戦で幕を開けた。捕手には今だに打率1割台の香川を外し、岩木を入れた。またレフトには鈴木伸良を入れた。その初戦は、山内孝と山田の対決となった。グッドウィンが久々の7号弾を放ったが、5回に福良の3ランが出て、2対5で敗れてしまった。
 2戦目は加藤と今井が先発した。加藤は粘投したが、最後に松永が逆転サヨナラ打を放ち、5対6で負けてしまった。しかし3戦目には藤本修が延長10回を投げ切り、デビッドの決勝16号弾が出て2対1で勝った。6日のロッテ戦を山内和で落としたところで、岩木のスタメン起用は終わった。
 7日は西川が佐藤健一に満塁弾を浴びて敗れた。これで8月は1勝4敗である。ここで再び打線をいじり、不安定だった三塁に河埜を入れ、二塁に定岡を入れることになった。しかし先発の加藤が6回に崩れ、当面の敵・日ハムに4対7で敗れてしまった。
 9日には藤本修が踏ん張った。日ハムを完封し、山本の14号で1対0で競り勝った。藤本修はこれで2試合連続の完投勝利である。しかし10日には12残塁の拙攻で、2対4で敗れてしまった。12日にも3対4で敗れ、毎年のジンクス通り、8月は大負けの月になりそうだった。
 が、13日には西川がロッテを3安打に抑え、8勝目をあげた。14日にも加藤が好投し、3対2でロッテに勝った。加藤は8回1死まで完全試合を演じていた。さらに15日からの西武戦との3連戦でも南海は奮闘した。初戦には藤本修が3試合連続で完投し、門田は2ヶ月ぶりの13、14号弾を連発し、8対3で快勝した。
 16日にも17安打を放ち、10対6と打ち勝った。山内和は6勝目をあげ、4打数3安打の高柳は打率を.380とし、4安打の香川は率を2割台に乗せた。3戦目にも、山内孝ー竹口ー井上のリレーで4対3と競り勝った。門田は15号を放ち、香川の5号は決勝打となった。井上はこの試合で初めてセーブをあげた。これで日ハムに2.5ゲーム差に迫った。
 日ハムは18日に勝ち、試合がなかった南海との差は3ゲームになった。そして19日からは、日ハムとの直接対決が始まった。その初戦、南海は先行したが、西川が4回に満塁弾を浴びてしまった。西川は結局8失点で、それまで3位だった防御率(3.00)を一挙に悪化させた(3.44)。20日にも津野に封じられそうだったが、9回に門田が同点となる16号を放ち引き分けた。
 23日には山内孝ー井上のリレーで阪急を下した。山内孝は6勝目、井上は2セーブ目をあげた。山田は3安打で打率を.240まで上げ、ようやく見られる数字になってきた。この日、日ハムが敗れたためゲーム差は3.0となった。
 24日には阪急に大敗したが、24、25日に日ハムが連敗したのでゲーム差は再び2.5となった。しかし26日の近鉄戦は、加藤が大量失点を喫してしまった。8回に高柳が3ランを放って追い上げたが、結局8対9での敗戦となった。高柳はこの日の2安打で打率を.390まで上げていた。
 27日の近鉄戦も打撃戦になったが、デビッドの18号、門田の17号などで、14対6と大勝した。西川は9勝目、高柳は打率を.395まで上げた。28日には藤本修が完投したが、失策で余計な点を与えすぎて負けてしまった。
 29日の西武戦も山内和が6回に崩れ、6対10で敗れた。このように南海も勝ったり負けたりだったが、日ハムも調子が悪く、この時点でも2.5ゲーム差は変わっていなかった。
 しかし30日に南海は西武に敗れ、日ハムは近鉄に勝ったので、また3.5ゲーム差に開いてしまった。この日、山内孝はそこそこ好投したが、打線が郭に完封されてしまった。
 8月の最終日ー31日には、加藤が早々にKOされて西武に負けた。日ハムも近鉄に負けたので、ゲーム差は3.5のままだった。

ここまでの成績は以下の通り

勝ー敗ー分 勝率
西武 57−37−9 .606
近鉄 54−38−7 .587 2.0
阪急 49−42−5 .538 4.5
ロッテ 40−46−6 .465 6.5
日ハム 41−56−5 .423 4.5
南海 35−57−6 .380 3.5

 西武はこの月、17勝6敗3分と絶好調で、ついに首位に立った。秋山は12本塁打を放ち通算35本で落合と並んだ。清原も月間打率.326で、8本塁打を放ち(通算20本)、西川を抜き新人王の最有力候補と目されるようになった。打撃好調で、打撃ベストテンの5位まで進出した石毛は、この月にも月間MVPに輝いた。辻も3割に乗せ、ベストテンの10位に登場した。投手陣では、渡辺が5勝1敗と活躍し、セットアッパーに定着した石井は3勝0敗2Sの成績を残した。郭は先発にまわって3勝1敗1S、抑えを任された東尾は2勝0敗2Sと、チーム全体に活気が溢れていた。
 近鉄はこの月、12勝13敗2分と負け越し、首位から滑り落ちた。石本は酷使されながらも2勝0敗8Sの成績を残したが、頼りの小野が0勝3敗と勝てなくなった(インコース攻めを躊躇ったかららしい)。柳田も0勝2敗でヒジを痛めてファームに落ち、加藤哲郎も0勝3敗のまま小指を骨折してしまった。ただ、村田が3勝1敗と復調の気配を見せ、チームの6連敗を止めた小山(2勝0敗)にも、「救世主」としての期待がかけられた。主砲のデービスは8本塁打とよく打ち、金村や新井も2割9分前後を打つ活躍を見せていた。ただ、淡口はスランプに陥り、3割3分台の打率を2割9分台まで落としていた。
 阪急はこの月、10勝11敗と負け越した。山田は3勝1敗で、防御率争いでも2位(2.90)と好調だったが、23日に打球を受け足の甲を骨折した。防御率1位(2.51)の佐藤も、好投のわりに3勝2敗とあまり貯金できなかった。アニマルもここにきてリリーフ失敗が多くなり、この月は1勝1敗1Sにとどまった。また、今井が衰えて0勝3敗だったのも痛かった。打撃陣では、ブーマーが首位打者に返り咲き、石嶺もよく打った。蓑田も中旬には復帰したが、熊野や弓岡は不調が続いていた。
 ロッテはこの月、11勝10敗1分だった。抑えに定着した荘は2勝0敗6S、村田も3勝0敗と復活した。打撃陣も、落合(ここまで打率2位、打点1位、本塁打1位)をはじめ、リー、横田、古川、愛甲らがよく打った。それでもあまり貯金できなかったのは、投手の駒不足のせいだった。なお西村は、23日に膝を痛めて登録抹消となった。
 日ハムはこの月、9勝14敗1分だった。津野が「新魔球」SFFを覚えて4勝1敗と復活し、最下位転落を救った。柴田は0勝2敗で肩を痛めてファームに落ち、田中幸も1勝2敗1Sと立ち直れなかった。佐藤誠一がプロ入り初勝利をあげたが、結局1勝3敗の成績にとどまった。打撃陣ではパットナムが本塁打を量産したが、スランプ組は相変わらず立ち直れなかった。トップの嶋田誠は外されることが増えた、代わりの白井一も2割2分台の低打率だった。

 南海はこの月、日ハムと全く同じ9勝14敗1分の成績だった。藤本修が3勝1敗と絶好調で(シュートを覚えた?)、途中から抑えに座った井上も2セーブをあげた。が、加藤が後半に調子を崩して1勝4敗に終わり、山内和は1勝3敗、山内孝も2勝3敗に終わった。西川も2勝2敗だったが、大量失点で防御率を悪くし、新人王に黄信号がともり始めた。打撃陣では、好調なのは相変わらず山本と高柳ぐらいだった。ただ、門田が8月中旬以後、再び本塁打を打ち始め、引退の危機を回避できたのは何よりだった。


9月ー最下位攻防戦の終結

 9月は日ハムとの対決で幕を開けた。3.5ゲーム差だけに、まだ最下位脱出の望みは残っていた。3日は1点リードされたまま9回を迎えたが、門田の同点18号が出て、3対3で引き分けた。さらに4日は、藤本修ー井上のリレーで日ハムを2点に抑え、山村の6号3ランなどで5対2と勝利を収めた。これで再び日ハムとのゲーム差は2.5となった。
 さらに5日の阪急戦にも、佐々木、門田、デビッド、香川、山口裕に1発が出て、15対4で大勝した。ここまで打率1割台だった佐々木と山口が結果を出したのは、明るい材料だった。山本が3日に死球を受け、しばらく先発できなくなっただけに、彼らには期待がかかった。これで日ハムに2.0ゲーム差にまで迫った。
 翌6日は、山内和が好投していたが、9回に突き放されて1対4で敗れた。阪急の2年目・白井孝幸は、完投でプロ初勝利を収めた。が、7日には井上が先発し、加藤に繋いで阪急を完封した。スタメンの湯上谷は先制打を放った。この間、日ハムも1勝1敗だったので、2ゲーム差は変わらなかった。
 そして9日からの日ハム3連戦を迎えた。9日は雨で、10日は西川と津野の対決となった。しかし西川は打ち込まれ、打線は津野の変化球に手が出ず、0対9での完敗となった。なおこの試合、1年2ヶ月ぶりに畠山が登板したが、1回を投げて3失点(古屋の3ラン)という結果だった。続く11日は、藤本修と金沢の対決となった。が、失策もあり0対4と連敗した。これでゲーム差は4.0に広がった。
 それでも13日には、山内孝ー井上のリレーでロッテを下した。香川は10号、グッドウィンも代打で8号3ランを放った。日ハムが負けたので、ゲーム差は3.0になった。翌14日は、山内和が初回に落合に3ランを打たれ、6対11で敗れた。敗戦処理で登板した畠山は、1回を投げて2安打1四球、1失点で、またも結果を残せなかった。この日は日ハムも敗れ、翌日は勝ったので3.5差になった。
 16日の西武戦は、藤本修がKOされたが、9回に高柳が9号弾を放ち引き分けに持ち込んだ。この日3安打の山口裕は、ようやく打率を2割台に乗せた。日ハムは18日に勝ち、19日には共に敗れた。この日、山内孝は9回まで2安打という投球を見せたが、10回に3点をとられ、0対3での敗戦となった。
 20日には日ハムも勝ったが、南海も山内和が1ヶ月ぶりの7勝目をあげた。香川は3安打で打率を.261まで上げた。9月になって、香川も打撃の調子を上げていた。また門田は20号を放ち、高柳は3安打で3割5分台の高打率をキープした。
 21日には西川ー井上と繋ぎ、3対1で近鉄に勝った。西川は10勝目、井上は6セーブ目である。日ハムが敗れたため、ゲーム差は3.0と詰まった。
 22日にも加藤ー井上のリレーで、5対2と阪急を下した。日ハムとは2.5ゲーム差になったが、残りゲームを考えると、これが最下位脱出の最後のチャンスになりそうだった。 23日には藤本修が阪急を3安打に抑え、8勝目をあげた。が、日ハムも勝ち2.5差は変わらなかった。
 24日には、山内孝が7回に打たれ、阪急に2対10と大敗した。日ハムは勝ったのでゲーム差は3.5になった。さらに25日にも、2対3と阪急に競り負けた。これで4ゲーム差、最下位脱出は絶望的になった。
 27日にはロッテに逆転され、4対10と大敗した。西川は勝ち星を伸ばせなかった上、防御率を悪くして、新人王の可能性が消滅した。28日には藤本修が9勝目、井上が8セーブ目をあげた。
 しかし29日には、3対7と近鉄に負けた。新聞では、優勝を争う近鉄と、目標がなくなった南海の差が出たと評された。そして30日にも、谷宏に完封されて0対6と大敗した。

ここまでの成績は以下の通り

勝ー敗ー分
西武 65−47−12 .580
近鉄 63−47−10 .573 1.0
阪急 56−52−8 .519 6.0
ロッテ 51−53−7 .490 3.0
日ハム 50−63−7 .442 5.5
南海 44−67−8 .396 5.0

 西武はこの月、8勝10敗3分と負け越した。近鉄との直接対決に2勝3敗、ロッテに1勝4敗と食われてしまった。東尾が0勝3敗と崩れたのが痛かった。また打撃陣も軒並み成績を落としていた。そんな中、清原は月間打率.364、9本塁打で月間MVPに輝いた。清原は通算でも打率.291、29本とし、新人王が確定的になった。石毛も7本塁打と好調で、打率も3割3分台まで上げた。
 近鉄はこの月、9勝9敗3分だった。何度か首位の座を奪回し、西武と激しい攻防を繰り広げていた。前月の小山に続き、この月は谷宏が3勝0敗で、第2の「救世主」になった。しかし、小野が1勝3敗と立ち直れなかったのが致命的だった。梨田も肩を痛め、休みがちになっていた。
 阪急はこの月、7勝10敗3分だった。まだ優勝の可能性は残っていたが、投手力がどうにも足りなかった。山田は右足甲の骨折をおして登板したが0勝2敗であり、確実に勝ちを計算できるのは佐藤(4勝2敗)だけだった。山沖が2ヶ月ぶりに復帰したが0勝2敗、アニマルも1勝1敗0Sの成績にとどまった。打撃陣では、ブーマー(打率2位、打点2位、本塁打3位)が落合と激しく三冠王を争っていた。福良、松永、石嶺も3割を打っていたが、投手の不足を補うことはできなかった。
 ロッテはこの月、11勝7敗1分とリーグ1の成績を残した。例年のごとく、落合の秋口からの爆発に支えられた格好だった。落合は三冠の全部門でトップに立った。また、荘が3勝0敗4Sと活躍し、田子もプロ初勝利を含め、2勝1敗の成績を残した。なお高沢は、29日に死球で手首を骨折した。
 日ハムは9勝7敗2分と勝ち越した。これは津野(3勝2敗)、佐藤誠一(3勝0敗)に支えられたものだった。肩痛から復帰した柴田は、リリーフにまわり1勝1敗2Sの成績を残した。

 南海はこの月、9勝10敗2分と負け越し、最下位が決定的になった。それでも井上(1勝0敗6S)が抑えに定着し、懸案のストッパーには解決の見通しが立った。井上の成長は、体の軸がぶれず、コントロールが定まった結果と言われた。藤本修も3勝1敗と好調を保ったが、例年9月に活躍する山内和は1勝3敗に終わった。好投しながらも、どこかで集中打を浴びるパターンが続いていた。打撃陣では、スタメン起用が増えた佐々木、湯上谷は相変わらず打てなかったが、山口裕は.242まで打率を上げ、期待を抱かせた。


10月ー最下位に終わる

 10月になっても、まだペナントレースは熱戦が続いていた。セ・リーグでは広島と巨人が、パ・リーグでは西武と近鉄が、僅差で優勝を争っていた。南海はまずその近鉄とぶつかった。1日の試合では、代打定岡の2ランなどで、3対3のまま終盤勝負に持ち込んだ。しかし最後は山内和が崩れ、3対7で敗れた。
 が、2日には、門田の22、23号弾などで13対3と近鉄に圧勝した。さらに3日のこのカードにも、藤本修ー井上のリレーで、5対3と競り勝った。5日には、今度は西武を3対2で下した。先発の西川は、清原の打球を受けて突き指してしまったが、リリーフの山内和、井上が好投した。さらに6日には、まだ自力優勝の可能性を残していた阪急を、3対1と破った。山内孝は自責点0で完投し、なんとか5年連続の2桁勝利に到達した。
 7日の日ハム戦には、1年5ヶ月ぶりに畠山が先発した。デビッドの23号、門田の24号弾などの支援があったが、制球が悪く5回途中で降板した。最後はリリーフで出た藤本修が打ち込まれて、5対9で敗れた。畠山は結局このシーズンを、0勝0敗で終えることになった。
 さらに8日の同カードでも、山内和が延長10回まで1失点と好投したが、11回に3点を失って敗れた。これで南海の最下位は決定した。なお翌9日、近鉄は阪急に敗れ、西武がロッテに勝ったことで、西武の優勝が決まった。
 この後、南海はロッテとの消化試合を4つ残していた。既に9日から、スタメン捕手として大塚義樹をテスト起用していたが、14日には香川が3ヶ月ぶりに三塁を守った。香川は本人の希望もあり、残り試合は全て三塁で出場することになった。この日は山内和が2回にKOされ、2対20でロッテに大敗した。山内和は大量失点で、4.27だった防御率を4.73まで悪化させた。最後には、1年前のドラフト1位・田口竜二が1回を投げたが、1安打2四球で1失点という結果に終わった。
 15日はロッテとのダブルヘッダーとなった。第1試合は、藤本修と園川の投げ合いになったが、門田の25号だけに抑えられ、1対2で負けてしまった。第2試合は山内孝が完投し、4対1で快勝した。山内孝はこれで11勝18敗と、なんとか見られる数字になった。
 最終戦は16日だった。規定イニング到達を狙って井上が先発し、また藤本博史が1年5ヶ月ぶりに1軍で起用された。が、井上は打ち込まれ、また打線は伊藤優に完封され、0対8での敗戦となった。藤本博史は3打数無安打だった。その代わり、途中出場の坂口千仙がプロ初ヒットを放った。

最終成績は以下の通り

勝ー敗ー分 勝率
西武 68−49−13 .581
近鉄 66−52−12 .559 2.5
阪急 63−57−10 .525 4.0
ロッテ 57−64−9 .471 6.5
日ハム 57−65−8 .467 0.5
南海 49−73−8 .402 8.0

 西武は猛烈なデッドヒートの末、10月9日に優勝を決めた。7日から4番に座った清原は、この月の打率.522、7本塁打で、通算.304、31本の成績で新人王に輝いた。チームリーダーとして、打率.329、27本塁打と活躍した石毛は、MVPを獲得した。秋山は41本塁打、金森は打率.298、辻は.296と、打線のバランスがよくとれていた。ただ、鳴り物入りで入団したブコビッチは期待外れの成績に終わった(.265、18本)。投手陣では、前年に22の貯金をした東尾(12勝11敗2S)と松沼兄(5勝6敗)が不調だった。が、これを、最多勝の渡辺久(16勝6敗1S)と工藤(11勝5敗)が救った。途中まで抑え役だった郭も、5勝7敗16Sと一年を通して活躍した。
 近鉄は、129試合目で優勝を逃した。打撃陣は、デービス(,337、36本)を中心に、村上、金村、山下らの若手と、新井、淡口らのベテランの力がうまく噛み合った。が、投手が足りなかった。抑えの石本が超人的な活躍を見せ(8勝3敗32S)、村田も14勝10敗の好成績を残したが、小野が8月以後は1勝しかできなかった(通算14勝11敗)。また、佐々木も足の血行障害で、後半戦はあまり投げられなかった。
 阪急は、ブーマー(.350、42本)、石嶺(.300、33本)を中心に、打線の破壊力はリーグトップクラスだった。蓑田が長期離脱したが、その穴はそれ程に目立たなかった。が、佐藤(防御率2.83でトップ)が途中で休んだ投手陣は、駒不足が顕著だった。抑えにアニマルが定着し、山田(14勝)、星野(9勝)は活躍したが、今井が年齢的な限界を迎えていた。また山沖も復活できなかった。
 ロッテは、落合が2年連続の三冠王(打率.360、50本、116点)に輝くなど、打線だけは上位3球団と遜色はなかった。りー(.331、31本)、横田(.304)も3割を打ち、10月に復帰した西村は盗塁王(36コ)を獲得した。しかし頼れる投手が荘(11勝5敗18S)だけでは、Aクラスに食い込むのは難しかった。
 日ハムは緒戦で首位を争ったが、結局地力のなさを暴露して5位に終わった。とはいえ、津野(10勝10敗)や金沢(10勝9敗)が終盤に持ち直し、最後はロッテに僅差に迫っていた。新外国人のブリューワ(.321、20本)、パットナム(.286、25本)が活躍しただけに、島田誠、高代、白井一らの不振が惜しまれた。

 南海は、4、5月が最悪だったことからすれば、徐々に立ち直っていったシーズンだったともいえる。しかし、観客が前年比33.8パーセント増という、リーグ全体の盛り上がりからは取り残された。南海が集めた観客は、9パーセント増の60万3000人にとどまった。これは12球団で最少の数字だった。
 特に、6月終了時点で2勝11敗の山内孝、2桁勝利が4年連続で途絶えた山内和の不振が痛かった。また、加藤がヒジ痛で2ヶ月間リタイアしたのも響いた。それでも、藤本修は7月以降9勝6敗1S(通算10勝12敗1S)の数字を残し、8月から抑えに定着した井上も、それ以後1勝1敗11S(通算4勝8敗11S)の成績を残した。西川も10勝10敗1Sという、清原がいなければ新人王という成績を残した。3勝3Sの矢野、防御率3.07の中条を含め、それなりに投手陣は整ってきたといえる。
 むしろ問題は打撃陣に多く残された。デビッドは.285、25本と予想以上の成績を残したが、足を痛めたグッドウィンが序盤で消え、復帰後も満足に守れず代打要員となった。門田も中盤に目のかすみで打てなくなった。それでも8月中旬以後、2ヶ月で13本塁打を量産したので、なんとか来季も現役を続けられそうではあった。
 日本人野手では山本、高柳が活躍し、また小川も1年間ショートを任された。彼らは期待以上に活躍したといえる。しかし、佐々木、湯上谷、山口裕、岸川らの若手が成長の証を見せることはできなかった。山田は8月末にようやく打率をあげたが、そこで2度目のケガをしてしまった。復活が期待された香川も極端なスランプに陥っていた。9月には爆発したが、完全復活といえるものではなかった。また、復活を賭ける定岡も、2割そこそこの打率しか残せなかった。

個人成績は以下の通り

試合 打率ー本ー点 盗塁
31 河埜 115 .263−5−22 それなりの成績ではあった
35 小川 128 .248−3−32 14 前半戦好調、しかし夏場に2割5分を切った
14 山本 129 .294−19−57 オールスターに初出場するなど活躍、ゴールデングラブも
32 門田 123 .262−25−77 中盤戦は目がかすんだが、後半に復活
18 デビッド 130 .285−25−74 年間通して意外な活躍、勝利打点も多かった
グッドウィン 83 .231−8−26 足を痛めスタメンは序盤だけ。フォークが打てず
香川 91 .255−13−36 不振でファーム落ち、7月に捕手で復帰し終盤好調
山村 115 .258−7−34 サードで多く起用された。エラーが多かった
佐々木 79 .163−2−4 前年末の骨折の影響で全くの不振
吉田 45 .204−4−7 正捕手を務めたが不振、6月に顎を骨折
岩木 47 .183−1−3 正捕手不在の中で出番が増えた。が、打てなかった
定岡 80 .202−5−10 内野の控えや代打を務めたが不振
湯上谷 60 .164−0−2 10 ファームで打率1割台、打てなかった
中尾 87 .184−0−3 三塁の守備固めで、終盤はスタメンも増えた
岸川 28 .246−2−6 三塁でよく使われたが守備が悪かった
岡本 83 .243−2−11 出遅れたが代打で活躍、しかし後半戦は不振
高柳 68 .320−11−26 6月に昇格し、代打の切り札としてブレイク
山口裕 63 .206−1−4 12 緒戦は代走、中盤はファーム、終盤はスタメン
吉沢 85 .212−1−5 外野の守備固めだったが、時々スタメンを務めた
山田 33 .247−2−5 ケガ続きで飛躍できなかった
鈴木 24 .156−0−1 ファームでは中心選手も、上では打てなかった
試合 回数 勝ー敗ーS 防御率
6 藤本修 31 159.2 10−12−1 3.78 7月以後立ち直り、好投を続けた
10 西川 26 159.2 10−10−1 3.89 見殺しにされることも多く10勝にとどまった。後半不調気味
15 山内孝 33 211.1 11−18−0 4.47 徐々に立ち直り、11勝をあげた
17 山内和 28 163.2 8−15−0 4.73 集中打を食らうパターンが増え、勝ち星が増えず
加藤 22 107.2 3−10−2 4.68 ヒジ痛で序盤はリタイア。好投のわりに負けがかさんだ
中条 37 41 0−0−1 3.07 肩の不安がなくなり中継ぎとして活躍
竹口 36 32.1 0−0−0 5.29 左のワンポイントも、後半は失敗が目立った
青山 21 24 0−0−0 6.75 序盤は中継ぎで活躍、後半はよく打たれた
中村 14 17 0−0−0 6.35 球威不足で今ひとつだった
畠山 6.2 0−0−0 9.45 フォームを崩したままの1年だった
山口哲 11.1 0−0−0 3.18 序盤に使われたが球威不足
矢野 41 61.2 3−0−3 4.09 中継ぎ・抑えで好投した
井上 40 127 4−8−11 4.39 8月から抑えに定着した

 なお、立石はこの年1軍出場がないまま引退を決めた。恐らくケガが治りきらなかったのだろう。また池之上は、7試合、8打数無安打でファーム落ちし、そのまま昇格しなかった。ファームでは63試合で打率.325と活躍しただけに、コーチとの軋轢があったのかもしれない。
 投手では、藤田学が1試合に投げただけで引退を決めた。また森口は2試合に投げただけだったが、ファームでは6勝0敗4Sと活躍していた。森口もこの起用法に不満を唱えていた。


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