マンガ夜話 その@

 

「迎撃戦闘隊」

(日本出版社:ISBN4-89048-420-5)

「帝都邀撃隊」

(日本出版社:ISBN4-89048-780-8)

滝沢聖峰 著

 

◆知りたいことを知るという悪徳

 

 よく私に「そんなに戦争の話に詳しいということは、君は戦争が好きなんですね?」と質問に近い断定で聞いてくる人がいるが、そんな人には、私は困った笑みしか返せないでいる。

人間は、誰しも自分が死のリスクを負うような戦争など好きじゃない。そんな当たり前のことを話すのが面倒になってしまうからだ。戦争の話をする奴が戦争好きのバカならば、じゃあ、AIDSの研究者はみんなAIDSで、精神分析医はみんな精神異常者なのか? どうしてこの話はタブーなのか? それは死んだ人たちにとって不謹慎だというならば、イラク戦争を日々垂れ流しつづけるニュース番組のニュースキャスターは話してよくて、一介の市民は口に出して話してはいけないということなのか。

「平和」ってなんだろう? 周りが戦争じゃないこと。じゃあ「戦争」ってなんだ? 戦争ってどういうものなんだ?

その疑問をひも解く鍵は、歴史の中にある。つい半世紀ほど前にもここにあったのだから。

それは、今の日本で安穏と暮らしている私には想像できない異世界。生きるか死ぬかが極限状態に置かれたとき、人はどう反応し、どう動くのか。さらに言えば、歴史の大きなうねりの中に巻き込まれたとき、人はどうやってその運命を受け入れるのか。

 私が戦争の知識を集める理由の一部はそこにある。「知りたいことを知る」つまり自分には計り知れない知識を得るということは、おそらく人間にとって、イブが蛇にそそのかされて林檎を食べた時から始まる、大きな快楽を伴う悪徳なのかもしれない。

しかし真実を捩じ曲げ、歪曲し、誇張や矮小化するような修正を加える罪、そしてそれに知らず知らず洗脳されて、自分の考えに背く異端者を刈り取ろうとする罪に比べたら、このように隠された物事を露わにさらけ出そうとする悪徳など、些細なものだと思う。

 で、だ。このマンガである。マンガ夜話の第1号に選んだ理由は、この本には「知りたかった本当の戦争がある」のだ。

 

◆「迎撃戦闘隊」〜等身大を描く力量〜

 

 主人公の雲野和義軍曹は血気盛んな航空兵としてラバウルに着任する。乗る機体はキ45「屠竜」(これが複座機:二人乗りの機体で、主人公が同乗者の死にたびたび巡り合うことも、ストーリー上大きな意味を持ってくる)。ニューギニアを転戦していく過程で、猛訓練を共にした戦友高取、温かく見守ってくれる古参士官戸野本、臆病な後輩太田、威張るだけの中隊長新井、曲者の戦隊長古屋、などなど、生き生きと性格が描写されている際立ったキャラの中で、彼は、苦しい戦況に自棄になり、味方の臆病さに苛立ち、圧倒的な敵弾に怯え、運の良い自分を呪い、課せられた運命を達観し、激烈な航空戦を生き抜き、内地に還る。たったそれだけの物語である。作者の主張も、複雑なストーリー展開もない。毎回のエピソードが航空史話の集まりのようなものだ。

だが、ひたむきに生きる雲野軍曹の姿に、ページをめくるたびに、私もニューギニアの青空を見ているような同一感で没入していく。航空機関砲が飛び交うものすごいリアルさの中で、彼は本の中で確かに「戦争をしている」からだ。

 もちろん、著者の滝沢氏は、第二次世界大戦(私はアジア戦域だけを切り取って特別扱いする「太平洋戦争」という言葉が嫌いだ)に従軍したことはないだろう。これらの全てはフィクションで、想像の産物には違いない。しかし、航空戦史を切り取る過程の取材の中で身につけた精密な航空機の質感は、圧倒的な現実感をもって、読者を歴史の中へ引き込んでくれる。そしてさらに、主人公雲野軍曹の心理描写を劇的に表すスパンなど、卓越した著者のコミックセンスが随所に感じられる(参照:第5話「死神」P.149-154)。それは、マンガを見ている者をも第二次世界大戦に引きずり込ませ、普通の日本人の若者がこの世の分水嶺に立っている精神の極限を、すぐ隣で見ているかのように感情移入させる。そして読後に、つくづく戦争と平和を考えさせる出来に仕上げているのだ。

著者の滝沢氏が描くキャラクターの描写(余談だが、激務が続くサラリーマンの心根に通じるものがある。「あるよなこういうこと」と、思わず膝を叩かずにはいられない)は、自分にある一種の心情を抱かせる。「何だ、あのときの兵隊さんも、普通の人間だったんだ」と。あのときの日本の航空兵は、残酷さが誇張された東洋鬼でも、受け入れがたい死を前にして泣き喚く特攻隊員でもない、普通の日本人なのだ。

よく考えてみたら当たり前のことであるが、それは著者の滝沢氏がこのマンガで記すまでは実態のつかみづらいことだった。特に日本では。「戦争って愚かだよね、ホラ、兵隊さんが恋人を航空基地に置いて、泣いて敵艦に特攻していくよ、平和って尊いよね、だから戦争なんか好きになっちゃいけないよ」という思考停止状態の反戦コミックがまかり通り「良識人」の賞賛を浴びる中、ここまで真実の兵士と向き合い、描ききって見せたのは奇跡に近いことなのだ。

原爆で焼け焦げた人間を想像で何千体描こうとも、この本の中で描かれる雲野が生き抜く「戦争」にはかなわないのである。

 

◆「帝都邀撃隊」〜生死の挟間にある情感とは〜

 

 前作「迎撃戦闘隊」の続編である。引き続き主人公は雲野和義(曹長になっている)。今度は本土防空戦が舞台となる。彼は南方戦線と同じく「屠竜」を駆り、愛する母国に襲来するB29を迎え撃つ。と書くと互角に戦うように聞こえるが、航空技術の差で実際は手も足も出ない。どうしようも出来ない焦りの中、浅草出身の彼は東京大空襲で肉親を失い、B29への体当たりを決心しつつも生き残り、落下傘脱出先の民家で一人の民間人女性渡辺美那子と出会う。戦況は日に日に悪化し、同僚が特攻隊に志願していく中、彼はこの戦争に違う見識を感じ始めていた・・・。というストーリーで、やや航空ファンに比重を置いた前作に比べるとストーリー展開が厚みを増し、彼の生死が最後まで判然としなかった後に表れるドラマティックなエンディングには、思わず良質な映画を見終わったような印象と共に本を閉じることができる。

 陽気そうに見えて実は誰よりも戦争の行く末を案じている田中、不平はくどくど言うがなぜか憎めない田村、前作に引き続き温かい人格の戸野本、頭がシャープな海軍パイロット山田、そして老け込んだ主人公の両親や見合い話を世話する叔父などの市井の人々と、前作で見せたキャラの立った脇役陣はここでも健在である。自分の私情をさしはさめるならば、この作品のベストキャラは途中で戦死する雲野の同乗者折坂伍長だろう。今日も懸命にがんばろうと愛機に乗り込もうとする彼に対し、体当たり攻撃を決心した主人公が「今日は一緒に上がらなくていいぞ」と平然と語りかける(雲野のこの表情も実にいいタッチである)。折坂はその言葉の持つ意味を瞬時に理解し「いえ! ご一緒させていただきます!」と力強く言い放つ。そしてお互いの笑みのアップがあって、「よし、行くぞ!」と出撃する「屠竜」のコマ(参照:第2章「東京大空襲」P.162-163)。反戦コミックでよくある誇張された悲愴感もなく、ある意味爽快で単純な、生への訣別。戦中派でなくとも、このページは何度見ても胸に熱いものが込み上げてくる。

 悲しくも恐ろしいのは、前作で、戦友が死ぬ際に見せていた精神的動揺、悪く言えばドメスティックな感情は、肉親を焼夷弾で焼き殺された後には、もはや彼には残っていない。いつかは絶対にやって来る死を見据えて淡々と今を生きる。だから、今まで親しかった同乗者、あそこまで信頼を与えた折坂が死んだとしても、戸野本と共に乾いた冗談で笑いを浮かべるほどの精神的変化が雲野に見られる(参照:第3章「敗戦」P.193)。そして最後には、今までいちばん関わりのあった命の恩人戸野本中尉の死すらも、激情の発露もなく富山湾の遭難現場で静かに一筋の涙だけで見送るのである(参照:第3章「敗戦」P.211)。

 そしてその、死を粛々と自分の運命として受け入れる精神が、あの昭和20年の、生死の挟間にあった日本航空兵の本当の情感として、私はいちばん共感を得ることができた。等身大の「戦争」に鋭く斬りこもうとした滝沢氏の力筆に脱帽するしかない。リアリズム追求の果てに生まれたマンガ史上の名作として、私は力強くこの作品を推薦する。

 

 

<追記>

 

 蛇足かもしれないが、エンディング近く、雲野の機体が散華するページに流れる、彼からヒロイン渡辺美那子に宛てた手紙(に近い恋文)を抜粋して掲載する。おそらく、文章だけでは全くその感動は伝わってこないと思うが、これほど誠実に生死と向き合った愛情表現を私は知らない。また、ここで一緒に描かれるコマ割りとカット描写も珠玉の出来ばえである。

 

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奇妙な御縁とはいえ いままで懇意にしていただき 本当にありがとうございました

 渡辺さんからのお便りで 何度励まされたか知りません

 いただいたお手紙は 航空服のポケットに入れ 肌身離さずに身につけております

 もう二度と渡辺さんに会うこともないでしょう

 御不自由な生活の中 勤労奉仕に従事されているとのこと

 くれぐれも御無理なさらないよう ご自愛くださいませ

 

 ですがもし

 戦争が終わり 私の命があったときには かならず渡辺さんを訪ねます

 それでは さようなら

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